2018年2月18日 (日)

テトリス

最近、電車に乗っているタイミングなどでテトリスをやっているのだが、テトリスをやり続けて頭が良くなるのかというと、そんなオカルティックな訳もなく、単にテトリスが上手くなるのである。

視点を変えると、各業界で基本とされるものはあるのだが、それはテトリスじゃないの?という疑問があっても良いかもしれない。

正確に言うと、基本は大事なのだが、応用が出来ないと意味はない。例えば、ジャンルをボディワークに絞ると、脱力する為の体操をやって、それが上達したとして、じゃあ、普段はどうだろうか?という話。体操が上手になりました、という結果にしばしば陥りやすい。

型稽古の陥りやすい問題で、よくよく気を付ける必要がある。稽古の実際はもうちょっとデリケートで、瞬間の工夫があるし、それがおもしろい。

その点、自動車の教習所はよく出来ている。下手でも下手なりに運転が出来る様になる。なぜだろうかと考えてみると、それは授業の各回に具体的な目標設定があり、何を身に付ける為にやるのかというところで、ブレないからだろう。

やるやる詐欺で整体の教室を開催していないのだが、目標設定を細かくして、自動車教習所的なカリキュラムをつくれないものだろうか。

また、別のアプローチもある。上手な人とただ一緒にいるだけで、カリキュラムなんぞとはまったく関係なしに、勝手に上達するのも確かである。ミラーニューロン頑張れというか、こちらが学習の本質の様な気もする。

しかし、これには精神医学でいうところの転移が必須。転移を経路にして、技術が感染する。そして、自我の強過ぎる人が一定以上には上達出来ない理由でもある。属人的なものなのに、対象そのものを求めるからだよ。

大分前から気が付いているのだが、自分のテーマは「教育」ではない。だから、モラルは一切口にしないものね。子どもの頃に学習障害があったものだから、むしろ、「学習」がテーマとなる。それはリハビリテーションにもなっていて、人が対象をどの様に理解して、咀嚼していくのかに関心がある。

リュック・ベッソン『レオン』

薬師丸ひろ子は、Me too とか言わない様な気がするのだ。

そういえば、先日、女友達とMe too の話題になったのだが、矛先がなぜかリュック・ベッソンの『レオン』へと向かった。

アレを好きな男の人が多いけれど、ロリコン趣味をマッチョでカモフラージュしているだけなんじゃないの?アレに比べたら、誤魔化していない分だけ『タクシー・ドライバー』の方がマシよ、とのあんまりなおっしゃり様。

実は、好きな映画だったりする。エンティングテーマのスティングの曲も好きだったりする。あの歌いながら銃をぶっ放すゲイリー・オールドマンはダメですか?イカしてませんか?

男のマチズモがお嫌いということだったので、では、スタローンの『ランボー』や『ロッキー』はどうですか?とお尋ねしたところ、見たことないけど、どう違うワケ?とのコメント。

『ランボー』は撃ちますし、『ロッキー』は打ちますとジェスチャー混じりにお伝えしたところ、じゃあ、『ロッキー』の方がマシね。自分も痛い思いをするんでしょ?とのことでした。もうグウの音も出ませんね。

ヴィレッジ・ピープル『マッチョマン』

2018年2月17日 (土)

薬師丸ひろ子

昨夜は渋谷のオーチャードホールで、薬師丸ひろ子のコンサートを見て来た。

いやあ、ビックリするくらい若い人がいないね。たまに子どもを見かけたが、お孫さんですか?という感じ。

2階席だったのだが、始まるなりみんなオペラグラスをスチャッと使い出す。一方、自分はバランタインのポケットボトルを持ち込んでいて、しまった間違えた。

どこか前の方に空席があったら移ってやろうと企んでいたのだが、綺麗に満席で隙はなかった。歌手業35周年だそうな。凄い。

自分はリアルな世代ではないので、好きになったのはこの数年のことなのだが、若い頃の映像と見比べると、今の方が綺麗だし、歌も遥かに上手くなっている。

松本隆、井上陽水、大瀧詠一、等々、一流どころから楽曲提供を受けた綺羅星の様な曲の数々が眩しい。

10人近いバックバンドのメンバーが、カルテットのヴィオラ以外は全て男性なのが象徴的。オジサンに可愛がられた女性の完成形ではあるまいか。体癖は、5種8種10種というところか。

さっきそんな話を友達としていたら、最近、八神純子が復帰したけれど、二人とも独特にネットリしているが、八神純子の方はつくる世界が対照的だという感想があった。確かに、そうかもしれない。

2018年2月16日 (金)

ガス抜き体操

昨日、オナラをしても良いですかという方がいらっしゃったので、追加料金は頂きません、どうぞとお伝えしたら、お見事である。

しかし、どの口で言うのか。今日は施術中に自分がやってしまって、割引はしなかった。

さて、お腹にガスが溜まりやすい体質の方は多いのだが、ガスを舐めてはいけない。自分は中学生の頃、吐き気に苦しんで病院に運ばれたのだが、お腹にガスが溜まっているという診断をされたことがある。

人体の不思議だが、ガスが溜まると右足首が太くなる。だから、その足首を調整すると、ガスは抜ける。端的には右下腹部の張りが抜けるのだが、自分でやるのは難しい。

そうした場合、ヨーガでいうところの猫のポーズが便利。膝立ちの腹這いになって、下腹部を圧迫するとガスが抜けやすい。その後で右足首を見たら、ちゃんと細くなっているはずだ。

その際のコツは、膝立ち腹這いになった時の膝の角度を90度近辺にすること。正確に、下腹へ圧力を掛けること。

講座

火曜日は佐々木先生の講座だった。

大概、腐れ縁なのだが、昨年はなぜかクリスマスと大晦日を一緒に過ごした。

講座後に酔い潰れて寝っ転がっていたら、左足首をムンズと掴まれてポキッと調整されたのだが、20代の前半に足首を折っていて、その影響が残っている。

意外に古傷は残っているものだ。そろそろなんとかしようと、昨日から自分でも調整していたのだが、なかなか手強い。

他人の体を見る様な目で調べ直したら、膝も捻じれていて、足首だけの問題ではない。更に調べていくと、どうやら腰椎の捻れが遠因になっている様なので、それを矯正したら、膝も足首も大分マシになった。

とにもかくにも、部分にトラブルがあったとしても、それを部分の問題として捉えないで、全体の問題としてアプローチしていく発想が手技療法にはある。

肩が凝っているから肩を揉みましょうといった様な対症療法ではないので、観察力が問われる。その分だけ習得は難しいのだが、その適応範囲は世間一般のイメージを軽く越える。結構、良くなるのだ。

毎月、火曜日に彼を講師にして、身体均整法の講座を開催している。同業者から見ても丁寧な講座なのだが、現在は参加者が少人数。技術は大人数で習ってもサッパリ身に付かない。そうしたことが分かる方には、かなり狙い目だろう。

2018年2月13日 (火)

心身の角質化

時たま、中高生くらいの女の子が施術を受けに来て、背中に触ろうものならくすぐったがって施術にならないなんてことがある。まあ、お年頃ですねと微笑ましい訳である。

ところが、30、40代でも同じ反応をする方が時々いらっしゃって、このやり場のない怒りはどこへ向けたら良いのかという感じ。しかし、体は敏感なので良い事だ。

男女問わずの話だが、むしろ、中高年になると体が鈍感になって、もう何にも感じません、肩も凝っていませんが、偏頭痛ですみたいなタイプの方が増える。触ってみると肩はカチカチに固いのだが、自覚はない。快にも不快にも、どこか鈍い。

云わば、心身の角質化。若いと心身ともに感性が粘膜の様に敏感。だから、若いというだけで、刺激を強く感じて辛くなったりもするのだが、若い人の特権でもある。

心身がいよいよ角質化して来ると、人生に退屈し出す。だから、ちょっと整体を受けてみませんか?という話。同じものを見ても違って見えるし、食べても違った味わいを感じる。

物の感じ方は全て主観だが、もしかしたら、その根拠は体にあるのかもしれない。単純に老化のせいではないのです。個人差が大きいのだから。

2018年2月12日 (月)

ロマン

ロマンが砕け散った夜だった。

最近、テクニックを封印して、軽く触れるくらいの手当療法で施術をするのがブーム。本を読んで整体を知った人のイメージにも近い。結構、それで間に合っていた。

ところが、先ほどぎっくり腰の方がいらしていたので、手当療法をやったらちっとも効かない。意地になって、再度、手当療法をするも、やはり痛いですとのお返事。

結局、意地は捨てて、骨格矯正をしたらすぐに効果が出て、動ける様になった。かめはめ波よりも金属バットの方がリアリティーがあるというか。

しかし、それも正確ではない。道具の選択の問題として考えるべきだ。プリンを食べるのにシャベルを使うはずもなければ、雪かきにスプーンを使うはずもない。手段に優劣はない。

体の状態に合わせてアプローチを変える必要があるのに、ロマンが目を曇らせていた。素材をよく吟味したい。また、気功師が、気を入れるのと抜くのとでは、適応が異なると言うのも一考の余地がある。

2018年2月11日 (日)

春に酔う

結局、東京にいるのである。

日月火と帰省するつもりで予定を空けていたのだが、北陸は大雪の為、都市機能が麻痺状態。帰って来てもしょうがないという連絡を受けて、帰省は中止となった。

代わりに、愛知県で西洋剣術のセミナーがあるというので、申し込みを検討したのだが、流石に酔狂が過ぎると躊躇しているうちに、予約がパラパラとあり、それも取り止めとなった。それで、fuluに入会して、ゲーム・オブ・スローンズを見ている。

そういえば、先日、また年を重ねたのだが、丁度、研究会の日だったので、一昨年から弟子入りしているWさんがケーキを差し入れてくれて、みなさんに祝って頂いた。

四十路も近いのだが、近頃、金星の輝きを感じる。男が一番やりやすくなる年代だろう。世の中がなんとなく見えて来て、上とも下ともどちらの世代とも付き合いやすい。ちょっと無理も通るんじゃないのと気が大きくなっている。

もう一勝負をするのなら、次の10年だろう。残った野心の欠片を掻き集めて、お尻を自分で叩いている。小さくまとまってこんなもんで良いのかと、自己陶酔どころか、最早、自己脅迫的である。

ところで、マインドフルネスが流行っているが、みんな不安が嫌な訳だ。しかし、状況が不味いのに不安を感じないのは、ただ単に危機感の欠如ではあるまいか。

一方、感じる必要もないのに、不安になる人もいる。気分は体調なので、それは要するに体調不良。

古来、春先になると、春に酔っ払ったみたいに、メンタルに来る人が多いことが知られている。それを整体の見地から語ると、気分の暗い時は左の後頭骨が下がっているということは言える。

薄っぺらい人間機械論の様で、実際、そうなのだが、後頭骨を上げると、さっきまでなんだったんだろうというくらいに気持ちが明るくなるのも事実。それでも暗いままなら、むしろ、それは感じるべき不安である。

春先に不安になる人は、それはただの体調不良の場合が多いので、悩むだけ損かもしれないという話だった。急に暖かくなるとそうなりやすいので、注意を換起したい。そのメカニズムは、春になると骨盤は左から開くので、それに伴って左後頭骨も下がるのである。


左の後頭骨云々は、中間をすっ飛ばしたロジックだが、鏡を見たら確認出来る。頭を右に傾けるのと、左に傾けるのとで、どちらが暗く見えるだろうか。上手な役者はこうしたことが本能的に分かっている。

2018年2月 5日 (月)

サバイバル

お笑いはサイクルが速過ぎて、それに1人のプレイヤーが対応し続けるのは不可能だろう。

その点、これは部外者の印象論だけど、落語は耐久年数が長そうに見える。ローカルチェンジがあったとしても、100年前と同じ演目でも間に合う。当事者は大変だろうけど、それでも、お笑いに比べたら、仕組みでプレイヤーが守られている様に見えるのだ。少なくとも、フォーマット自体が変わるなんてことはないでしょう。

他の業界だと、例えば、小説家になると、もう市場自体が小さくなり過ぎているので、それではやっていけない。もし自分が小説家だったとしたら、飲食店をやってファンを集客するか、出版社の近くにやっぱりバーでもやって、社員が経費で飲める様にする。いずれにせよ、直接に印税収入で食べていく方向性は放棄するだろう。また、自分が作家で綺麗な女の子だったりしたら、ファンクラブをつくって、そこに集まった中で一番マシな男性と結婚するね。

話は脱線したが、これから先も仕事をしていく上で、100年とは言わないけれど、3、40年くらいは耐久年数がある様な仕組みが欲しい。今は反射神経で処理をしている様なもので、きっと年を取ったら厳しくなる。

長い目で見たら、どこかで会員制なり何なりにして、システムを造る必要を感じる。イメージが貧困なので、家元制以外の仕組みを思いつかない訳だが。

考えてみたら、開業した時にお店ではなくて、自分個人に人を集めたのが下手だった。それだと、人を雇うという形にするには詰んでいる。しかし、今なら分かるけれど、当時はそんなことを考える余裕はなかったし、無い袖も振れなかった。

要するに、若いのをいかに巻き込むかだな。体力のあるうちに、よく考えておこう。

哀愁

やっと年が明けた。普通に旧暦なの?という話なのだが、毎年、年末深夜にやるビートたけしの番組を見ないと、年が明けた気がしないのだ。昨夜、やっとそれを見たという話。

毎年、内田裕也が見切れているのだが、最初は康芳夫と勘違いをしていた。

この番組のコーナーに、芸人が芸をやって、それをたけしがつまらないと判断をしたら、途中で幕を降ろすというものがある。ほとんどの芸人は途中で幕が降りて、ひな壇にいる軍団が囃し立てる。

今のお笑いのテンポは速くて、昔の漫才とはリズムが違う。それをタケシが斬る訳だが、彼はつまらなくなった自分を自覚した上で、わざわざそんな事をやっている訳である。

元々、破滅願望のある人だが、それを形を変えて表現しているのだろうか、という感じ。割と、寒々しいお笑い番組なのだが、その中にタケシ映画的な哀愁があって、趣深いのだ。

また、金と名誉を得ても、それだけでは満たされない一芸人としての心意気みたいなものも感じる。俺はまだやれるんだ、若い者には負けんという暗い情熱というか、フラストレーションというか。

自分がつまらなくなるのは、恐怖だよな。そして、もっと怖いのは、評価されているもののおもしろさが、もう分からなくなってしまうくらいに老化すること。

面倒くさい言い方になったが、好きな番組なのだ。毎年、見ているくらいなので。

2018年2月 3日 (土)

不安神経症

先日の研究会。手技のお店にお勤めになられている生徒の女性から、お客さんに絡まれたのだが、どうすれば良いかというご質問を頂いた。

自分も若い頃に開業したので、どうしても甘くみられたものだ。似た様なことは考えたなあ。

そうした勝負は、一瞬で決まる。例えば、電車に乗り込んで、どこに座るのかは選んで決めている。一瞬の間にも、人は判断もすれば、足元を見ても来る訳だ。

そうしたものに、対応する力をつける必要がある。

それを造るのが日々の稽古。意外と効果的なのが、マナーだったりする。守りさえすれば、それだけで下駄を履ける様なところがある。

そんな訳で、お辞儀の仕方から稽古をした。日々、企業でお客さんの対応に追われている中鉢さんはお辞儀が綺麗。見本を見せて頂いた。

礼儀というのは相手の為でもあるけれど、自分の身を守る為にあるもの、という気もするのだ。しかし、そういう自分だが、若い頃は無礼と言われて、今は慇懃無礼と言われるので、どの口で言うのかという話だが。

いつも言うのだけど、何をするかよりもどうやるかだし、どうやるかよりも誰がやるかで、結果は決まる。だから、鍛え続ける。ちょっと神経症みたいだけど、稽古というのは症状と似ている。しかも、快癒はない。

2018年2月 1日 (木)

金の延べ棒

晩年の川島なお美さんが、金の延べ棒で体を擦っていたというエピソードがマスコミで揶揄されたのは記憶に新しい。癌に対しての民間療法なのだそうである。

ところで、しばらく前に、毎週いらしている方から、検査をしたら、癌が無くなっていたというご報告を頂いて驚いた。ありがとうございますとおっしゃるので、ついつい川島なお美さんの金の延べ棒ですねと余計なことを言ってしまった。

いやまあ、半年くらい前にも、小さくなったというご報告は頂いていたのだが、正直、泉に落としたのは良い金の延べ棒ですか?それとも悪い延べ棒ですか?という感じ。

実際、悲惨なものなのだ。一昨年も末期癌の方がいらしていて、遠方の方だったので、毎月、来ますとおっしゃっていたのだが、とんと音沙汰がない。どうしたのだろうかと思っていたら、拝見した二か月後に亡くなっていたと、紹介者の方から後に伺った。

公平に言うのならば、大体、いらっしゃるのは末期癌の方が多いのだ。しかも、病院、どこぞの拝み屋さん、ウチという順番である。

また、抗がん剤の投与があるので、吐き気をなんとかしてほしいといった様に話がスライドすることも多い。結局、その後始末に追われているうちにというのもよくある事だ。洗面器を横に置いて施術を受けるなんてこともザラである。

ちなみに、先述の方は諸事情あり、標準治療は選択していなかった。また、病気のデパートの様な方でもあるので、それほど癌にこだわっていなかったというか、癌を良くするという目的をお持ちでなかったのも幸いしたのかもしれない。現状維持がせいぜいで、まさか良くなるとは思っていなかった、というのはその方の弁である。実は、こちらとしても、そんなことは考えもしなかった。

そして、何といっても、ご本人の努力が凄い訳である。病気療養の為にお仕事を店仕舞いされて、こちらが指示することは全てされていた。こんなにやりやすいクライアントというのも珍しい。それをお伝えしたところ、病気になったら生活を変えるのは当たり前ではないですか?というコメントがあったのだが、現実には、痛風になっても酒を飲む様な方ばかりである。

勿論、認知症などはもう自己責任論の及ぶ範囲ではなく、事故とか遺伝病とか言い出したらキリがないから、ある種のキャッチコピーでしかないけれど、究極には、症状や病気は存在しない。その人の生活があるだけである。だからこそ、そこに変化の可能性もある。しかし、例えば、自分が何らかの病気になったとして、その方の様に振る舞うことが出来るだろうかと考えてみると、これだけ偉そうなことを言っておいて、ちょっと自信はないのだった。

2018年1月31日 (水)

エリックサウス

髪の抜け毛を手に取り、毛根を見る。形が歪だと、栄養不足による抜け毛だと言われている。

しばらく前に、前髪の砂漠化が気になったので、そんなことを気にしつつ、調整を続けていた。

それでホルモン関係を研究していたのだが、二ヶ月ほど経ったら、育毛剤のCMが気に触らなくなった。

ただ、あまり過大広告はするまい。初期でなければ難しいし、かなりしつこくやったのだ。お腹と頭にあるツボを使う。

そして、副作用というかなんというか、ホントかよ?という話なのだが、胸が出て来た。しかも、乳首が痒い。唇はやたらに赤くなったのだが、そういえば、若い頃はそうだった。

もしかしたら、これは10代、20代のエネルギー余りで体を壊しているタイプの男性には有効な手法かもしれない。生徒に一人心当たりがあるので、次回、試してみよう。小椋さんは首を洗ってお待ちください。

お昼に東京駅のエリックサウスまで遠征して、女友達とそんな話をしていた。

やはり旨い。南インドカレーに慣れると、普通のインドカレーは単調に感じられる。さっぱり系なので、自分の舌に合うだけなのかもしれないが。家系ラーメンも苦手なのだ。

美容施術

美容の施術を始めてから、やたらに忙しい。

腰痛を良くするよりも、顔の造作を整える方が喜んで頂けるという身もふたもない話。最近は男性からも頼まれる様になって来たのが嬉しい。

元々、手技療法のプレイヤーとしては、かなり器用なタイプ。美容は症状の改善よりも正確さを要求されるので、自分に合ったテーマを見つけたのかもしれない。

施術方針としては、シンメトリーを基本として、あとはEラインなどの色んな基準があるので、それに合わせている。

シンメトリーというのが大切で、小顔なども無理やり頭蓋を締める様なのは健康に良くない。首が固まってしまう。頭の全体のバランスを見て、拡がっている方だけを調整する。

整形手術みたいに別人になれる訳ではないが、その人の伸び代分はしっかり伸びる。

総論としては内臓力が大事。下腹が出ている様な場合は卵巣に元気がないし、呼吸器の働きが小さいと肋骨が拡がって下がる。容色が衰えるというのは、端的に内蔵の衰え。

呼吸の間隙を掴まえたら、保ちも良い。あるラインを越えるまで、結構、練習したのだ。

最近、ホルモン関係を研究していて、自分の体で実験している。肌質、髪質が変わって、妙な話だが、髭が前よりも伸びなくなった。夕方になって顎に触れてもアレ?という感じ。これもかなりおもしろい。

2018年1月30日 (火)

経営スタイル

昨日は関西から、人に連れられて鍼灸師の方にお越し頂いた。

施術後、梅華で食事をご一緒させて頂いたのだが、彼は遠隔治療を研究しているのだそうである。電話でやるアレだ。

おもしろいのは、経営セミナーに参加する為に上京されているということで、その辺りのバランスの取り方が興味深い。話してみると好青年なので、好感を持った。

ところで、遠隔治療は実在するだろうか?

以前、企業の社長さんだが、朝の5時に電話を掛けて来て、大事な会議があるから、気を送っておいてと頼まれること数回。分かりましたと、当然、すぐにまた寝るのだが、3回目でさすがに堪りかねて、一回五万円ですとお伝えしたら、その後、頼まれることはなかった。

つまり、遠隔とか言い出さないから守られる信用があるので、自分はそちらを大事にしている。

ただ、そこはそれこそ経営スタイルの違い。みんなで同じことをやっても、つまらない。

マリア・カラス

えらい寒さの日が続く訳だが、給湯器の中の水が凍った為か、数日、施術所のお湯が出なくなった。試しに、コップに水を入れて、ベランダに放置してみたら、氷になって、昼になっても溶けない。

寒さに参っている人が多くて、インフルエンザでダウンという話もよく耳にした。寒さでお腹が疲れていると、そうなりやすい。子持ちのご家庭の場合、まずお子さんから罹患して、次に親御さんがダウンする。

そういえば、しばしば菌やウィルスに対しての所見を問われる。あまり言わないからだろう。いやまあ、手技でそんなの分からないしね。

実際、人の体を見て、風邪の前後だという見当はつくのだが、インフルエンザとの区別がつかない。どちらも同様に胸椎五番が飛び出る。テクニカルでマニアックな話だが。もしかしたら、研究すると、区別がつく様になるのかもしれないが、あまり興味はない。

敢えてする視野狭窄というか、無い袖は振れないというか、普段、菌とウィルスのことは忘れている。どちらにせよ、やることあまり変わりなし。水虫菌のことを忘れていても、鼠蹊リンパを押さえると、水虫が良くなったりもする。

人体の内部環境に極端にフォーカスしているとも言える。まあ、そういう仮説というか、アプローチということだ。神学論争にも興味はない。

例えば、生カキを食べたとして、当たる人とそうでない人に分かれる。人はそれをカキのせいにして、それはそれで間違いではないのだが、お腹が疲れている人は当たりやすい訳である。その差を拡大解釈している。

いやまあ、天然痘やペストがないから、そんなことを言っていられる訳なのだが。そうなのだが、結構、それで間に合うのも事実なのである。

むしろ、菌やウィルスよりも寄生虫に興味があるな。人類史では体内にいて当たり前だったのが寄生虫。マリア・カラスはダイエットの為に、腸でサナダ虫を飼っていたそうだけど、寄生虫の有無と現代病や免疫系との相関関係はどうなんだろうね。

2018年1月19日 (金)

ヤモメとツバメ、そしてカモメ。

そういえば、マダムは方々に1億円ほどお貸しになられていて、その回収の為に上京されている。つまり、その度に、キューキューとカモメみたいに鳴いている方がいらっしゃる訳である。

ヤモメとツバメだけではなくて、そうか、カモメもいたかと、今朝方、気が付いて、手を叩いて笑ってしまった。落語とか、聞いてる場合じゃないね。

それで思い出したのだが、借金取りといえば、スリランカ旅行だ。あれもおもしろかった。

現地では民泊したのだが、僕を連れて行ってくださったX先生が、テーブルを囲んで、現地の人達を相手に有難い話をしていた。

そのうちに、貸しているお金を回収して来るというので、行ってらっしゃいとお伝えしたところ、先生も行きましょうというので、飲んでいたスリランカティーを噴きそうになった。もう用心棒の先生にしか聞こえない。

これまた、スリランカ人の音楽プロデューサーに貸しているという壮絶に胡散くさい話。

トゥクトゥクというオート三輪に三人で乗り込んで、借金の回収へと向かった。最近まで内戦やってたんだよなあと、暗い気持になった。後ろから刺されたら敵わないので、背中に成田空港で買ったサイゾーを仕込んでおいたのも、今では笑い話。

お屋敷に着いてみたら、その音楽プロデューサー氏というのはスキンヘッドの巨漢で、その隣にはご兄妹の様な奥様がいらっしゃる。

壁にはボリウッドの女優もかくやという美女の写真が張ってあって、これは誰ですかとお尋ねしたら、その奥様の若い頃だというのでタマゲタ。滞在中、三度、集金に訪ねたのだが、その度にしげしげと見比べてしまった。

椅子を薦められても自分は座らないで、X先生の背後に立っていたので、後から、流石ですねとお褒めの言葉を頂いた。

2018年1月17日 (水)

ヤモメとツバメ

月火と伊豆の下田へ出掛けた。

車で三時間ほどの距離だが、あちらはもう桜が蕾。不便なところにあるからか、観光客はまばら。ひなびた漁村で、ちょっとハワイなんぞに行っている場合ではないなという南の楽園。

年明けに伊勢へも出掛けたが、伊豆と似ている。太平洋沿岸の古い街で、臨海にも関わらず独特のこもった雰囲気がある。

夜は地元の飲み屋へ連れて行ってもらったのだが、そこの大将は奥さんが蒸発して以来の男ヤモメ。食べる前にそんな話を聞かされたら、味が変わってしまうじゃないかという。ところで、大将がヤモメなら、こちらは60代のマダムに連れて来て頂いているので、その佇まいはツバメ。

この大将がおもしろくて、客にイカソーメンを注文されて、それを出したら、お客さんからはこの透明なのは何ですかとのコメント。鮮度が落ちるから白くなるのであって、活きが良いのは色がない。食い物を分かっちゃいねえとのこと。

日本酒の黒龍を頼んだら、白龍もあるよと教えてもらった。知らなかったが、福井の酒ではあっても黒龍酒造ではなくて、永平寺近くの酒造で作られている酒だそうな。コクが強くて、白鷹みたいな味がする。

カウンターに、γ-GTP2000オーバーだという釣り人の男性がいて、ビール瓶15本を1人で空ける猛者。肝硬変も覚悟で、後は死ぬだけだから、いかに死ぬかだとのこと。一方、自分は酒に飲まれて、カウンターに突っ伏して、夢の中へ。

目が醒めたら、先生、臀部が痛えんだと始まるので、その場でちょいちょいと調整して、もう痛くはないでしょう?と、伊豆の夜はしっぽりと更けていった。

ナマコの刺身、焼いたサザエに金目鯛のカブト煮、サザエご飯にアカハタの素揚げと進んで、クサヤを食べた。炙ると、噂通りに生ゴミの臭いがする。これは敵わんなと思ったのだが、菌の違いで昔はもっと臭かったらしい。恐々と口に入れたら、旨みが凄い。これはお茶漬けにするべきだと決めつけて米と緑茶を頼んだら、白米が無いというので残念。

翌朝、起きてもクサヤの臭いがした。そういえば、帰りの車内ではクサヤの臭いなどしなかったのだが、昨夜、東京へ戻ってからマダムの施術を行ったら、またクサヤの臭いが漂うではないか。施術は発汗を促進するので、そうしたこともある。

下田東急に泊まったのだが、海に臨んだ露天風呂と地産地消のモーニングビュッフェが特徴。ビュッフェにワインが含まれるので、朝から使いものにならなくなった。ここのモーニングは凄い。ちょっとビックリ。

ハート形の洞窟が名物なので見物に行ったのだが、後で地元の方から、あそこは自殺の名所だから、土地の者はあまり行かないと教えられた。しまった。事前に良くない気を感じるとか何とか、のたまっておくべきだった。

帰路は天城越。どうにも3種は腹が減ると運転が荒くなって良くない。助手席で、舌打ちを50回は聞いただろうか。確かに、酷い道ではある。ほとんどが追い越し禁止車線で、前方にバスでもいたらそれで渋滞。それでも、晴天に恵まれて、富士山がよく見えた。ドライブ日和の天城越。のんびりした。

2018年1月15日 (月)

オチナシ

身体には外面と内面がある。

普遍性を持ちえない表現なのだが、もしかしたら身体的なことをやり込んだ人間には通じるかもしれない。

人が身体を把握する上でのフレームワークを外と内に分けて表現している。

外の典型はスポーツ。体育の授業の経験があるので、手足の筋肉を動かす感覚は誰にでも分かりやすい。運動神経の良い人はこの感覚が優れている。

一方、内の感覚というのは説明が難しい。ある程度の訓練を積むと、内臓などの身体の深部を筋肉的に動かせる様になるのだが、その感覚を指して言っている。

心臓の拍動なども変えられる様になるし、体温なども変えられる様になる。それで?という話なのだが、体温を上げられる様になると、ダイエットに便利です。何でも功利主義に回収されてしまうのが、現代の悲しさである。

しかし、人間の可能性として興味深いではないか。

そういえば、何年か前に、心臓を動かせる様になったので、得意になって人に見せびらかしていた。拍動を激しくするのも静かにするのも自由自在。そしたら、そのうちに小便が出なくなって死ぬかと思ったことがある。それで、懲りた。自律神経でコントロールしているものを意識的にいじくり回すのは良くない。

しかし、研究としては有意義だった。

人は認識しているものに対しては抵抗出来るのだが、認識していないものに対しては抵抗を思いつきさえしない。手品のタネはバラしてはいけないのだが、非常に便利なのだ。

具体的には、ボディビルダーみたいに筋肉ムキムキの方は、それで体を固めているので、普通の手技は通じない。ところが、大概は内の感覚など持ってはいないから、内側については動かしたい放題。症状の改善は容易い。

空手に応用すると、フルコンも長いと腹筋がタイヤみたいになっている。これを応用すると、それが布でも叩いたみたいな感触になる。当てるにはまた別の能力が必要で、これはかなり下手なのだが、威力だけは出る。腹を突いたら、背中が痛くなる。

先日、興味深かったのは、マニアックなヨガをされている方がいらしていて、内側を動かそうとしてもちっとも動かない。人は本能的に、他人から何かをされることに抵抗する。意地になってしがみつく。この方の場合は内の感覚があるので、抵抗されていた訳だ。

それでちょっと困ったのだが、普通はそういうことはないので、実におもしろい経験だった。結局、降伏して、お相手に強張っている部分を教えて、自分で力を抜いてもらったら、それで大分、症状は改善した。

人は自分で自分を救うしかないというオチなのだが、誰にも通じないかもしれない。

お休み

稽古事では、教える人間が生徒の天井になりやすい。

これは良くないのだが、よくあることなのだ。イメージを固定してしまうのが、本当にダメ。

教える方としても、そんなのはつまらないじゃない。自分の劣化コピーみたいなのを量産してどうするのだ。それよりは、見たことがないものを見てみたい。

先日、研究会でそんな話をしていた。大成功したらちゃんとタカリに行くので、軽く踏み台にして頂いて結構。チェーン展開したら、マンションをプレゼントして頂いても良いですよ。各自、奮闘を祈る。

年末年始、やたらに忙しかったので、これから伊豆で静養。車で向かいに来てくれるので、お前は女子かという状態で待機している。ドライバーの為に水とお菓子を買ってしまった。いっそサンドイッチでも作ろうか。

2018年1月11日 (木)

突発性難聴

角金で豚の角煮と大根の煮物を頼んだら、大根が4つ、豚肉が1つでなんだこりゃという風情。しかし、大根を口にしたら、これで十分だと思い直した。味が染みて、ちょっと旨過ぎる。

合宿から帰って来て、今頃、お正月気分。

伊勢湾近くの旅館に宿を借りて、朝の3時から山登り。正直、腰は重かったのだが、新しい型を教えて頂けるというので参加して来た。

剣術の型が3つ。居合の型が5つ。一度に習うと、頭から溢れてしまいそうで、東京へ戻ってからも身体に馴染ませる作業を続けている。

この数ヶ月、稽古に集中して、あまり書かなかった。内側へ向かう時期なのかもしれない。

開業以来、怠け者がよく働いたもので、ここら辺で自分の為に時間を使いたい。アウトプットばかりをしていると、スカスカになってカスも残らない。

そういえば、本を読んだり、映画を見たりが好きだったなんてことを思い出している。邦訳の止まった作家の最新刊の原書を買ってはみたのだが、積読も3ヶ月目。これもなんとかしたい。

仕事的には近頃、妙に難聴の方が多かった。興味深いのは、人によって可聴音域が異なるところ。高音が聴こえないという方もあれば、低音が聴こえないという方もいらっしゃる。

施術後、インターホンの音だけ聴こえる様になりましたなんて方もいらっしゃった。

いずれも、お体を拝見すると、冷えが要因となっている。年末から、急に寒くなり過ぎた為だ。リンパ関係の調整をすると、成績が良かった。左右の耳の音域を合わせるのがちょっと手間で、これには観察と技術が要る。

2018年1月 3日 (水)

抱負

酒を飲まねば夜は長く、人と会わねば間が持たず、温泉に入らねば弛まない。

それを人は老化と呼ぶ。

昨年の自分な訳だが、各方面へのアンテナ感度の鈍り具合が深刻。

本来、一人呆けているだけで幸せなはずなので、それを取り戻すことを今年の抱負としたい。

仕事的には、講座を充実させたい。来る人に合わせようとダイエットなり何なりやってはみたのだが、かえって自分のモチベーションが下がって休会状態。もう一度、自らの為に始めたい。

これから合宿が控えているので、まだ年は明けない。

2017年12月31日 (日)

気合法

先日の気合法の講座には、大勢のもの好きの方にお集まり頂いた。

普段は無声でやっているのだが、やはり声を出してやった方が体は変わる。少々、風邪気味だったが、それで抜けた。

ちまちました細かい技術よりも、こちらに本質がある。技術がないと、職にはならないだけで。

身体開発の面でいうと、気合法をやると我が出て来るし、活元運動をやると我が引っ込んで来る。

車の両輪で、バランス良くやるのが大事。強さはしばしば鈍さになるし、敏感さは弱さになりやすい。両方やると、良いとこ取りが出来る。

この数年、気合が抜けている様な気がする。もっと欲張りだったはずだ。来年は我儘を通したい。

2017年12月24日 (日)

真贋

昨日、捻挫をした方がいらっしゃっていたのだが、話をしていて気が付いた。

四人兄弟なのだが、全員の捻挫を拝見したことがある。役が揃ったとバカな事を言っていた。

さて、家族だとやはり骨格は似ている。顔は似ていなくとも、骨盤から足にかけてのラインが同じだなんてことがよくある。

症状も似た様なものをやる。ただ、これは遺伝とは限らない。食生活などの生活習慣が似ているという場合も考えられるからだ。

しかし、遺伝の影響は大きい。氏より育ちとも言うけれど、性格も生まれつきのものが8割くらいではないのかなという気がする。

そういえば、調べてもニュースソースを見つけられなかったのだが、以前に読んだ性格についての記事がおもしろかった。

古代から性善説と性悪説の議論があるが、それに関した動物実験についての記事。実験の内容はこうだ。餌にすぐに飛びつく様な他者を信じやすいタイプ群と、なかなか飛びつかない慎重なタイプ群の追跡調査をして、どちらの生存率が高いかというもの。

結果は、あまり変わらなかった。他者を信じやすいタイプは失敗もするがチャンスを得られる。一方、信じないタイプは失敗は少ないがチャンスを失うという解説がされていた。

ところで、話が出来過ぎているし、ニュースソースも見つからないから、自分が頭の中で話を作っているんじゃないかという気もして来た。さあ、どちらだと思いますか?

2017年12月21日 (木)

気合法講座

〇講座内容

毎年、年末に開催している講座です。発声を伴うので、屋外での開催となります。気合法は呼吸法の一種で、臍下丹田を鍛えて心身を充実させます。厄落としにご参加ください。

〇スケジュール

12月28日(木) 19:30~ 1時間程度

*1 東急線多摩川駅改札に19:30集合の後、多摩川河川敷にて実習。防寒にご注意ください。
*2 講座の後に忘年会を予定しています。お店の予約の都合があるので、参加希望者は事前にご連絡ください。会費は実費。
*3 雨天中止。中止の場合は、忘年会のみを開催。

〇会費

4千円 ( 会員/2千円 )

* 屋外の為、お釣りのない様にご用意ください。

〇お申し込み方法

浜田整体まで電話、またはメールでご連絡ください。メールでのお申し込みの場合は、①お名前 ②電話番号 をお伝えください。

2017年12月18日 (月)

『身体のリアル』 押井守×最上和子

『身体のリアル』を読んだ。映画監督の押井守とその姉で舞踏家の最上和子の対談。

作中、最上氏はバレエを体操だと批判するので、興味を持ってその舞踏を見てみた

体の中がよく動いているので、言いたいことは分かる。手足がブンブン動いても、中の方が動いていないなんてことはザラ。

しかし、それはほとんどの人には伝わらないだろう。

なかなか難しいところで、整体もそうなりやすい。変わったでしょ?いえ、分かりませんみたいな。

体に興味のある相手には、それで通じるのだ。開業した頃、ヨガをやっている様な層にはウケたのだが、そのご紹介でいらっしゃる人達にはウケないという事が続いた。それで随分と考えたものだ。

生徒に画家がいるので、喩え話にするのだが、デッサンと作品は違う。デッサン画でお金を取るのかという話。

また、自分の為にやるのか、人の為にやるのかという問題設定でもある。持論なのだが、ボランティアは自分の為にやるもので、ビジネスは人の為にやるものだ。普通は逆らしいが。

お金を受け取ったら、それは人の為にやるしかないじゃない。金銭の発生しないところには、責任もない。

人の為にやるのなら、額縁も大事。別の喩えでいうと、まかない料理はどれだけ旨くとも、それをお客さんには出せない。

開業する生徒には、飲食店の場合、ボリュームがあって味が濃ければ潰れないと教える。そして、最初はそれで良いけれど、そんなことを続けていたら、何時まで経ってもレベルの低いままだとも教える。

最初からそんなことはするなと言ったら最上氏になるのだろうが、むしろ、最初はそれをやれというのが自分。恥の多い人生になりました。でも、生徒が苦労をするのも見てらんない。

当然、芸術としての純度が落ちるというか、別物になってしまう。でも、同時に、そこからが本当におもしろいところでもある。

マニアを相手にするよりも、本来、興味のない人をどう惹き付けるのかが、腕の見せどころではあるまいか。

その点、最上氏が言う様に、伝統芸能になったらお終い。だって、それが誕生した時には権威なんて、何にもなかったでしょう。伝統でございますと居直っちゃいかんよな。葛藤がないのもまた、見ていて恥ずかしいのだよ。

2017年12月17日 (日)

姿勢の良し悪し

姿勢について教えてくださいというご質問をよく頂く。

でも、実は、普遍的な良い姿勢など存在しない、というのが持論。

どういう意味かというと、つまり、姿勢には目的がある。

昔、荷揚げのバイトをしていたのだが、難儀をしたのはタイガーの耐炎ボード。火事の延焼を防ぐ為に、マンションの壁にはこれが仕込んである。

襖くらいのサイズなのだが、これが本当に重い。それを何枚か重ねて持つのだが、バイトは2枚で、プロは6枚。自分は4枚持っていた。

持ち方は、まずボードを横にして、両掌で下から支える。手の位置は鼠蹊部くらい。板だからそのままだと落ちるので、のけ反る様にして胸で支える。コツを覚えるまでが大変。箸も使えないくらいに腕が痛くなる。

ところが、ある時、プロレスラーの卵が入って来て、いとも簡単に持ち上げるではないか。190㎝オーバーの大男だったので、筋力で持つのだ。しかし、一週間ほどして、腰痛でダウンした。

その体験がすごく勉強になった。姿勢というのは対象との関係性なので、他人と物のないところで自己完結する姿勢は存在しないというか、必要がない。直立二足歩行をしているだけで十分立派。

姿勢を学ぶ為には、具体的な行為があった方が良い。包丁を使うとか、鞄を持つとか、何でも良いけれど、切り口があった方が学ぶのは楽。

姿勢に限らず、専門的なことから普遍的なことを学ぶことは出来るけれど、普遍的なことからは何も学べない様な気がするのだ。だから、親は子どもに習い事をさせるのではないでしょうか。

スターウォーズ 最後のジェダイ

家系のこってりラーメンは苦手なのだが、天下一品へ3年に1度くらい行きたくなる。

昨夜、出掛けて、アッサリもあるというのでそれを頼んだのだが、しまった。わざわざ天下一品へ入った意味がない。周りを見たら、そんなの頼んでいる人はいない。食べながら、如何ともし難い感じだった。また、妙に外国人のお客さんが多かったのだが、外国人受けするのだろうか?

昨夜は『スターウォーズ 最後のジェダイ』を見る為に渋谷へ出掛けていたのだが、そこでも白人のお客さんが多かった。しかし、新シリーズはあまり好きではないかもしれない。スペースオペラとしては良いのだろうが、アクションがパッとしない。前シリーズの方が好みだ。

最近、よく映画を見る。不思議なのが、『ブラックスワン』。過去三回、視聴しているのだが、いつも途中で寝てしまう。ナタリー・ポートマン主演でバレリーナを描いた作品だが、女同士のドロドロが耐え難いのかもしれない。そうこうしているうちに、Amazonプライムでの配信期間が終わってしまった。

そういえば、『ブレードランナー』も見た。作品自体よりも、IMAX初体験だったので、それに驚いた。3Dのイメージが、昔の赤と青のメガネの時代で停まっていたのだが、認識を改めた。登場人物の肩を叩けそうではないか。

ただ、これはかなり胃に来る。乗り物酔いには無縁なのだが、胃がムカムカした。

乗り物酔いをしやすい人は首が固いので、乗る前に首のストレッチをしておくと良い。ただ、IMAXの場合は、どうだろうね。もっと神経的なものだから、鳩尾でも柔らかくしておくと良いのかな。次回、試してみよう。

皮下脂肪

今日は断食日。さっき食欲に負けて玄関を出たのだが、5メートルほど進んで戻って来た。ここは我慢のしどころだ。

ところで、ダイエットの為に食事を抜くのはナンセンス。栄養失調で、体を壊す。健康食に凝り過ぎて、お肌と髪がパサパサなんてのはよくある話で。

敢えて自分がやるのは、普段は散々食べるから。月火水と飲み会だった。

食べ過ぎの人が断食をするのは健康法になるし、食欲不振の人がちょっと無理して食べるのは健康法になる。健康法は逆張りが基本。

そういえば、最近の研究によると、ダイエットには皮を調整すると良い。

皮下脂肪というくらいなので、皮を調整すると脂肪が落ちる。具体的には、皮を引っ張る。伸びないところを引っ張る。ちょっと人には見せられない姿をさらすのだが、術後の翌日、断食後と似た様な下痢になる。

これをやれば、断食なしでいけるんじゃないだろうかと思わないでもないのだが、まだ経過観察中だ。

2017年12月14日 (木)

男のロマン

美容の施術をやる様になって、理論的な理解がかなり進んだ。

痛みを改善する為の調整は何をやっても良くなる様なところがあるのだが、美容はそうはいかない。どこをやったらどうなるのかという、体の各部の因果関係を把握する必要がある。

また、そこで得た知識を普段の施術にフィードバックすることで、上達することが出来た。具体的には、例えば、後頭骨と頬骨の重要性がよく分かった。これでかなり手が出なかった症状も楽になった。

ペットを見る場合、理論的なことはあてにならないので、逆に、即興演奏的な対応力が上がるのではないかという期待がある。脈とか、どうやって取るんだろうとか、気になって来た。一息四脈とか、動物にも適応するのだろうか。

新しいことを始めると神経質になるのだが、それによって上達する。この数年、伸び悩んでいたのだが、今年は随分と研究が進んだものだ。

しかし、いったい何と戦っているのだろうかと思わないでもない。もしかしたら、それは自分が抱いている整体へのロマンが相手なのかもしれない。手強い相手だ。なかなか満足することが出来ない。

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