2017年4月27日 (木)

炭酸飲料

昨夜は教室だった。割と、一般常識ではない体の各部位の意味があるので、それをご紹介させて頂いた。

例えば、骨盤内には卵巣と子宮があるけれど、その働きは骨盤の開閉とセットだ。月経時には開くし、排卵時には閉まる。慣れると、見てなんとなく分かる様になる。また、手首は骨盤と関係が深い。そうした関係を理解して、どの様に利用するのかというと、手首を調整すると、骨盤のバランスが整うので、ヒップアップする。講座でも、みなさん上手く行っていた。しばしば月経痛のご相談を頂くけれど、事務職の方は重い場合も多い。それは、キーボードで手首を酷使して、骨盤のバランスを崩しやすいからかもしれない。

講座の後に、オレンジをお出しした。数日前に、ミカンなどの果物を炭酸に皮ごと漬け込むと良いという記事を読んだのだ。フリージングパックにウィルキンソン炭酸水とオレンジを入れて、やってみた。そのまま6時間ほど冷蔵庫に入れておいたのだが、それなりに炭酸っぽい触感になっていた。もうやらない様な気もするけれど、料理屋がデザートに出すのは良いかもしれない。ただのミカンだと思って食べたら、口の中でシュワシュワするので、おもしろい。

時々、炭酸は体に良くないですか?というご質問を頂くのだが、それはそんなに炭酸ばかり飲む人を見た事がないのから、分からない。昔は、炭酸飲料で骨が溶けるという都市伝説があって、陸上をやっている友達などは禁止されていたことを覚えている。多分、迷信。ただ、参加者の方から、健康本を読んだら、炭酸飲料で膵臓が刺激されて、インスリンが分泌されるという趣旨の内容が書いてあったと教わった。どうなのだろうか。

2017年4月26日 (水)

帰省

数日、帰省をして来たのだが、外食が続いたら、右眼が腫れてお岩さんになった。洋食屋のクックでトドメを刺された。旨くて、多くて、安い。オーナーも年なので、何時まで食べられるか分からない。帰省の度に立ち寄ることにしている。開業する時に、この店をモデルにした。多少、不便な場所にあろうが、お店がアレだろうが、料理がちゃんとしていれば人は集まる。

眼が腫れるのも、目ヤニが沢山出るのも、どちらも肝臓の疲れが原因。触ったら、やはり固い。数回、押さえたら、それで大分、マシになった。肌の黄味も取れた。

今回はスケジュールに余裕があったので、ヘソクリを回収して来た。上京する時に、実家近くに埋めておいたのだ。子どもの頃に近所で砂遊びをしていたら、誰かの埋めた500円玉が十枚ほど出て来たことがあった。以来、そういうものだと思っている。ちゃんと見つかったので、埋め直しておいた。今度は公園。生きていたら、20年後くらいにまた調べてみよう。

街をブラブラと歩いたのだが、北陸の顔だちがあるなと思った。九州の人の顔だちが濃い目だとすると、北陸は目が細くて、鼻の高い人が多い。割と、無表情でキツメの顔だちにも見える。醤油顔というと、死語だろうか。ファッションは空の色に合わせるなとも思った。京都のファッションは原色というか、紅葉めいた色遣いに見えるのだが、石川県はくすんだ色の中に派手さがある。大体、曇天なので。

連休中の営業について、問い合わせを何名かの方から頂いたのだが、通常通りの営業を予定。

2017年4月22日 (土)

世代論2

しかし、団塊くらいだとコミュニケーションの基本がマウンティングなので、プロレス的にそれを受けられるかどうかで、コミュニケーションの成否が決まるという身も蓋もない感想がある。いやあ、異論はあって然るべきなんだけど、本当にそう。逆に、こちらからも仕掛けないと、歯応えがないと見なされて、相手にもされないという。知っている、知らないが価値判断の基準になるので、これはある種の教養主義かもしれない。そのルールはお付き合いをさせて頂いて、よく分かった。

2、30代だと、どうなんだろうね。本当によく分からない。承認欲求の強い方が多いので、ちょっとキツイよなあと思わなくもないのだが、身に覚えもあるので、これは世代よりも年代の特徴かもしれない。また、自分もそういうものが期待される年齢になって来たということだろうか。親分肌ではまったくないので、ガッカリされ続けている様な気もする。そして、世代的には価値相対主義が浸透しているので、知っている知らないのゲームを仕掛けると、ネット世代にはバカだと思われてしまう。ググれば済むもんね、という話。だから、中高年は気をつけましょう。技術のイノベーションで、価値観が激変することには腹立たしいけれど、例えば、バブル時代にブイブイ言わせた世代が、若い人相手に海外旅行に出掛けた回数でマウンティングしようものなら、深刻にセンスが悪いと判断されることでしょう。

結論は、団塊も今の若い人も、コミュニケーションのコストの高いところがよく似ている。ベクトルが逆なだけ。団塊は教養主義だし、若い人は経験主義。だから、観光地でもお店の料理の写真でも、ちょっと検索したら、同じものが手に入るのに、わざわざ自分で写真を撮る。体験にくっついたものだからこそ、価値があるという話。写真の喩えで言うと、団塊はみんなが羨む様な特別な写真を撮りたがるけれど、若い人にとっては、特別な写真などネットに転がっているので、むしろ、他人にとってはつまらない一枚の写真であったとしても、自分だけの体験だからこそ、それには価値がある。

これからは、年下が増える一方なのだ。対応が出来ないと先細る一方なので、欲望のあり方について、クドクドと考えた。

2017年4月21日 (金)

世代論

団塊世代のことを書いたら、なぜか反響が多かった。

やはりその世代の男性だが、元・長距離選手の知人がいる。駅伝にも出ていた様な方だが、お話を伺っていて、最近の選手は速いが、水ばかり飲むので弱いというコメントが印象的だ。

それは、症状についても同じスタンスなのだ。典型的なのは、医者はこう言っているけれど、俺はこう思うという話が長く続くので、なかなか施術に入れなかったりする。

そうした理屈はもういいので、とにかく毎週来てください。何回か続けてやって、良くなったら、それ以上は薦めたりもしないので、というのが正直なところ。口よりも手を動かす仕事なので、その範囲では、とても親切なつもりだ。

ただ、矛盾する様だけど、最初にどっぷり付き合った方とは、その後、良い関係になりやすい。やはり聴くのも仕事だ。でも、よくテレアポなどの業界で説かれる傾聴は、向いていない世代だと判断せざるを得ない。むしろ、会話のキャッチボールよりもピッチング。多少、キツくとも、本音で話さないと信用されない。その点、企業にお勤めの方は、そうしたちゃぶ台返しが使えないから、やりにくいだろうね。

逆に、今の20代にこれをやっても、上手くいかない。30代も怪しい。義理人情のセンスは、もう通用しないしね。違うコミュニケーションのマナーがありそうな気がするのだが、正直、まだ掴めない。まだ割と若いのに、完全にオッサンの言い様なのが、悲しい。

傾向として、コミュニケーションの濃密さを向こうから求めて来る割に、踏み込むと引く。でも、自分が悪い様な気もする。人の弱点を見つけるのが性分になっているので、気を付けないと、それで黒ひげ危機一髪をやってしまう。自重して、人の良いところを見る様にしよう。

整体講座 「更年期」

自由が丘にあるアロマ・ハーブショップのグリーンフラスコさんで、更年期をテーマにした講座を行わせて頂きます。奮ってご参加ください。

内容、お申し込み等の詳細はこちらまで。

2017年4月20日 (木)

団塊世代

近頃、施術を体の状態の悪い人に合わせ過ぎていると反省している。技術が荒れてきている様にも感じる。調整をし直そう。

こうした仕事では、相手の体の自然治癒力を信頼するというか、ある種の生命信仰が必要だ。新陳代謝を促進する技術なので、必要なことをやったら、後は相手次第。よく腰痛と同時に便秘でお悩みだというご相談を頂くが、こうしたケースでは、排泄があると、腰痛も改善する。

しかし、団塊世代は難しい。気取ったことを言っていたら、まったく効きませんでしたみたいな結果になりやすい。それだけコンディションの悪い方が多い。上の世代の7、80代には、かえって効くので、世代の特徴だと判断している。当社比で、30代半ばの8倍くらいの刺激を使ってもそうなのだ。代謝が落ちているのか、このくらいの刺激で変わるだろうという見通しが、かなりズレる。世代の差よりも個人差の方が大きいはずだけど、やはり傾向としては間違いない。

だから、通って頂きたい。他の世代には月一くらいをお薦めさせて頂くのだが、団塊世代の方には毎週来て頂きたい。また、自覚していない方ばかりなのだが、他の世代に比べて、要求水準も高いのだ。それにお応えさせて頂く為には、そのくらい見ないと間に合わない。先日、同業者と同様の話をしていたら、それは自我が強くて変わらないのではないですかと真顔で言われたのだが、割と笑えなかったりもする。

パターンがあって、退職をして半年くらい経って、体調を崩すという方が多い。丁度、神経の緊張が抜けて来るくらいのタイミングなのかもしれない。決まって急に体調が崩れたというお話を伺うのだが、長年の勤続をされて、溜まりに溜まった何十年か分の疲労がまとめて表面化しているのであって、急ではない。悪い様にはしないので、骨休めに来て頂きたい。

2017年4月17日 (月)

ドラえもん

昨夜は小原先生に三軒茶屋のお店に連れて行って頂いた。いやあ、凄いね。自由が丘はランチは過当競争で素晴らしいのだが、居酒屋のレベルでは三軒茶屋が2ランクは上だ。安くて旨い。

そこで、人を雇うという話をしていたのだが、給与を高くしても、良い人が集まらないという話を伺った。自分探し系の人ばかりが集まるので、仕事でやってもらうのは難しいというお話でもあったのだが、よく分かる。おそらく責任を負うのを嫌う人が多いのだ。腰痛でも何でも、お金を頂いて、結果を問われることにプレッシャーを感じるはずだ。だから、アシスタントという形にして、アジャストは自分がするという仕組みにして、責任を引き受けてあげたら、働きやすいんじゃないですかという話をさせて頂いた。あとは若い人を雇うのなら、趣味でも仕事でも、Facebookに載せてウケるかどうかという基準で選ぶ傾向が見受けられる。例えば、条件が悪くても、お洒落なカフェで働いているという自己イメージの為には、喜んで時間を使ってくれるはずなので、求人の為にお洒落なホームページを別に作ると良いのではないですか、という酷い話はしていない。具体的には、エステ業界に求人を出したら、どうでしょうかというご提案。痛みがある様なクライアントからのご相談には引くかもしれないが、あの業界も、浮腫などのご相談は結果主義なので、責任感が期待出来る。マナーも身についていて、雰囲気も良し。理想的だ。その場合は、手に職のある人を雇うのだから、待遇は良くする必要がある。

エンジニアリングとマネージメントは違いますよねという話題にもなったのだが、職人に必要なのは能力で、経営者は夢を語る必要がある。昔、部品メーカーに勤めていた頃、社内に社長の隠し子だと陰口を言われる40代の男性がいた。あまり似ていないのにどうしてだろうかと疑問だったのだが、理由を知る機会があった。自分が退職する段になって、わざわざ大阪の本社から慰留の為に来てくれて、初めて二人で飲んだのだが、曰く、社長は凄いと。当時、アメリカはブッシュ政権下。必要があれば、社長はブッシュにでも会うと言うので、中小企業の親父が会ってどうするのだと思いはしたが、納得した。確かに、ファザコンをこじらせた様にも見えなくもない。しかし、経営者は社員に夢を見せないといけないと、教えられたものだ。夢と書いてウソと読むんだけどね。例えば、10人くらいの少人数の会社だって、社員を引っ張っていくのは大変なことだ。魅力がないと出来っこない。話は脱線するけれど、中小企業の社長のバージョンアップ版が国会議員だと思うのだ。評判の悪い森喜朗さんだって、会うときっと魅力的な人だろう。民主党出身者の多くには、そういう人間的な魅力は感じない。優秀なんだろうけど、能力なら官僚の方があるので、存在意義がないんじゃないのという。出木杉くんよりも、ジャイアンの方が人に愛されるのだ。音痴でも歌える奴が良い。

2017年4月15日 (土)

整体講座 第3回

〇講座内容

今回は腹部の調整法がテーマです。体のゆがみという慣用句がありますが、実は骨自体はそれほどゆがみません。むしろ、内臓にポイントがあります。内臓は緊張すると縮むので、それが体の偏りの原因となるのです。例えば、肝臓は右側にあるので、普段からよくお酒を飲んでいると、体の右側が縮んだ様になるので、背中も右側が張ったりします。腹部の調整法を覚えると、体の全体的な調整が出来る様になります。

第1回 上肢
第2回 下肢
第3回 腹部
第4回 脊椎
第5回 頭部・その他

〇開催日時

5月14日(日)15:00~18:00

〇開催場所

浜田整体

〇会費

1万円

〇お申し込み方法

浜田整体までメールか電話でお申し込みください。メールで申し込まれる場合は、①お名前 ②電話番号 ③ご希望の講座 をご記入ください。定員があります。

〇持ち物

・動きやすい服装(スカートで参加することは出来ません)
・ハンカチかフェイスタオル(うつぶせになった時に、お顔の下に使ってください)
・靴下(足裏に触れる場合があります)

〇ご案内

・開始時刻の10分前からご入室頂けます。
・更衣室はありません。お着替えをされる方には、お手洗いをご案内しています。
・実習では、なるべく同性同士で組んで頂く様にご案内しているのですが、人数の都合上、難しい場合があります。その時はご容赦ください。

整体教室 4月のスケジュール

〇講座内容

整体をのんびりマイベースに学んで頂くという趣旨の講座です。テーマは特に設けません。体操をしたり、手当療法をしたり、参加メンバーと雰囲気でやることを決めます。季節にあった体の整え方、日常の体の使い方などが学べます。ご参加されるうちに、何時の間にか整体が身に付いていたという方が増えればいいなと願っております。

〇開催日時

4月26日(水)19:00~20:00

〇開催場所

浜田整体

〇会費

2千円

〇お申し込み方法

浜田整体までメールか電話でお申し込みください。メールで申し込まれる場合は、①お名前 ②電話番号 ③ご希望の講座 をご記入ください。定員があります。

〇持ち物

・動きやすい服装(スカートで参加することは出来ません)
・ハンカチかフェイスタオル(うつぶせになった時に、お顔の下に使ってください)
・靴下(足裏に触れる場合があります)

〇ご案内

・開始時刻の10分前からご入室頂けます。
・更衣室はありません。お着替えをされる方には、お手洗いをご案内しています。
・実習では、なるべく同性同士で組んで頂く様にご案内しているのですが、人数の都合上、難しい場合があります。その時はご容赦ください。

2017年4月12日 (水)

教条主義

乳児に肉やらハチミツというのは、戦後の食糧難の時代に説かれたことなので、それをそのまま現代に適用出来る訳はない。子どもに集中しろというのも同じで、あれは7、8人も兄弟姉妹がいた時代に言われたことなので、今の一人っ子にそんな接し方をしたら、マザコンを増やすだけ。

具体的なことは、案外に役に立たない。時代や国が異なるとすぐに通用しなくなるので、耐久年数が短いのだ。そういえば、スリランカへ旅行したら、どうにも糖尿病っぽい体をしている人が多いし、生活も違い過ぎるので、ここでやるとしたら、まったくやり方を変える必要があるだろうなんてことを考えたものだ。

一方、抽象的なモノの考え方は、応用が広い。しばしばプロの方に習いに来て頂くのだが、既にテクニックをお持ちの方に対しては、実技よりも講義になりやすい。体の観察についての新しい視点だとか、どの順番でやっていくと効率が良いのかといった様な内容。

具体的な方法については、TPOに合わせて設定していけば良いし、それもどんどん更新していったら良い。自分はやり方をころころ変えるので、その点、習う人には気の毒だったりするのだが、結果が出ればそれで良いし、考え方はあまり変わらない。

健康法についても、筍みたいに次から次へと新しいものが出て来るけれど、万人に合った方法なんて存在しないから、そうなるのだ。糖質制限が流行っているけれど、ナルコレプシーや鬱の人に食生活をヒアリングをすると、糖質制限をやっていたというケースが何例かあった。それは、お米を食べたら改善した。一方、それこそ糖尿病の人は糖質を摂らない方が良いだろう。玄米も、肥満しやすい人には良いけれど、下痢をしやすい人が常食すると、消化に負担が掛かってかえって体調が悪くなりかねない。

最近、体の乾燥の目立つ方がいらしていたので、水を飲むことをお薦めしたら、水毒になりませんかというお問い合わせを頂いたのだが、これまで上手くいかなかったのは、過去に腸を手術した人。水は腸で吸収されるけれど、手術の影響なのか、浮腫んだ。それは最初には薦めておいて、止めた。でも、それ以外の人が1日に2リットルかそこら飲んだところで、水毒にならないはずですと返事をさせて頂いた。でも、単純に水を1日に2リットルと言うと、幼児にまで水を2リットル飲ませたりする人も出て来る。世の中、そうなので、相手を見て言う必要がある。

Ghost in the shell

渋谷で『 Ghost in the shell 』を見て来た。草薙素子が白人だということで問題視されていたのだが、スカーレット・ヨハンソンは意外と悪くなかった。馴染む。他のキャストも、原作のイメージに添った丁寧なキャスティングだと感じだ。その分、キャラは立っていない様にも感じたが。北野武はいつも通り。

作品としては、おもしろかったのだが、新しいものはなかったかもしれない。むしろ、『ブレードランナー』の凄さが分かった。時差が30年くらいあるけど、想像力にそんなに差がない。特に、日本人が製作していたら、義体は球体関節人形的な意味で、もっと艶めかしいものとして描かれていたはずなので、あの素っ気なさは気になった。それでも、観劇後、一緒に行った友達と話題は尽きなかった。

脳以外はサイボーグ化された義体を持つ主人公が、アイデンティティーに悩むというテーマなのだが、話の前提として、身体は機械でも、主人公は人間だというのが作品に底流する倫理となっている。しかし、どうだろうね。最近、こんな記事を読んだ。「腹落ち」は本当だった。フェイクニュースを腸内細菌は嫌がっている:研究結果。記事は、情報伝達・コミュニケーションに、腸内細菌が反応するという研究結果を伝えている。昨今、身体観として、唯脳論的なイメージが先行しているけれど、人間の情動は内臓を含む一つの系として成立している。臓器移植で性格は変わるだろうか?それはそういう人を仕事で見たことがないから、分からない。けれど、怒りっぽい人の肝機能が過剰亢進だったり、涙もろい人が腎虚だったりするのも確かなのだ。これもある種の人間機械論というか、ひどいことを言ってるんだけどね。つまり、涙もろくなるのは、腎の老化現象。そこに、臓器移植に反対する文脈は皆無。ただの事実として。

将来、医療やサイバネティックスの技術によって、身体観はどの様に変化していくだろうか。例えば、近未来、収入で見た目が変わる時代が来るかもしれない。外資勤務の欧米人はジムに通ってやたらに筋肉質だったりするので、もう既にそうなっているという話もあるのだが、それはトレーニングや整形よりもよりダイナミックな形で訪れるかもしれない。個人的には不老遺伝子が見つかったら、嫌だなあと思っている。自分達の世代は、間に合わなそうじゃない?うっかり間に合って、費用が莫大だったりすると、もっと嫌だけどね。

2017年4月 5日 (水)

Doctor air

昨年末、都立大学駅にオープンしたイオンに行って来た。家電コーナーにマッサージチェアがあったので、使ってみたのだが、感動した。従来、この値段でこの性能はあり得ない。Doctor Airという商品。正確にいうと、椅子に取り付けるマッサージシート。

夜は佐々木先生の講座だった。化膿活点の場所が、各団体、個人によって異なるという話題が出たのだが、奇穴の奪命が丹毒に効くとされているので、おそらく元ネタはこれだろうという話だった。化膿活点はリンパに思えるので、むしろ、三焦経かと思っていたのだが、なるほど。頭がテーマだったので、頭の経穴を使って、背中や腰などを変えるという実習があったのだが、参加者の方から、では、ヘッドマッサージで何でも良くなりますか?という趣旨のご質問があった。もっともな疑問なのだが、この辺りが難しいところで、しばしばその場では気持ち良かったけど、症状は良くならないという部分だ。一般論と各論があって、施術で人の体を見るというのは、常に各論に属する。その人に必要なことを行うのだ。じゃあ、勉強の意味って何だろうという話にもなるのだが、一般論を踏まえないと、各論には辿り着かない。

講座後にタイカフェ・ピーマイに出掛けた。最近、初めて入ったのだが、旨かった。通常は瓶ビールで出されるシンハービールを生で飲めるというのが名物。そういえば、アラニ・サントスは知ってますかと動画をお見せしたのだが、これを見た数日後に脳梗塞の方がいらしたので、このくらいは出来るわいと10歳くらいの女の子に対抗して同じことをやってみたというか、気合を打っただけだが、クララが立った状態で大変に評判が良かった。ただ、この手のオカルティックな手法はその場での効果は劇的でも、持続性はない。案の定、翌日にはまた立てなくなったというご報告を後日に頂いた。効果を保たせるには手技が要るのだ。だから、整体の使い勝手の良いところは、霊術的要素と手技的要素が適当に混じっているところだという結論になる。

2017年4月 3日 (月)

主観と基準、把握

昨日は手技の講座だった。今回は下肢操法がテーマ。最初に足の体操をやって頂いて、これを他動的にやるのが、下肢操法ですとご案内をさせて頂いた。操法の花形は脊椎調整なれど、保ちには下肢操法が重要になる。脊椎を調整しても、足のバランスを整えないと、保ちが悪い。それは建物の柱を真っ直ぐにして、土台の歪みに手を付けない様なものだ。一通りのテクニックをやったのだが、膀胱経の実習を行ったら、みなさん、痛がっていた。体は下水から老化するので、お小水のキレが悪くなるというのがその兆候。膀胱経を整えるのは、アンチエイジングの方法だと言える。膀胱経は腿の背面から、ふくらはぎに掛けて走行している。要するに、足の裏側だ。だから、前屈は出来るだろうか。お小水のキレが悪いと聞いて、心当たりのある方は、前屈を出来る様にするのがお薦め。ただ、強張っていたら、痛い。とても痛い。

そういえば、先日、おもしろいことがあった。脳梗塞の方がいらしていて、膀胱経を押さえたら、痛いと足を動かされるのだが、アレ?麻痺している足ではなかったですか?という話になったのだ。終わったら、足が動くので驚かれていたのだが、痛みを感じるうちは希望がある。麻痺側の手足を触って行くと、触感の強弱に濃淡のあることに気が付く。麻痺の強い部位は、触られている感覚も弱い。まだ感触の残っている部分から触っていって、それを広げる様にすると、麻痺も多少はマシになる。

この時、施術者は、本人の主観的な触覚を把握出来なくてはならないのだが、この辺りが手技の難しくて、おもしろいところだ。どういう意味かというと、感覚というのは本人の主観なので、例えば、赤といっても、人によってどの赤を思い浮かべるかは異なる。ポストの赤を思い浮かべる人もあれば、ワインの赤をイメージする人もいるだろう。だから、本来、感覚に基準は成立しにくいのだが、臨床には基準が要る。本人の主観を施術者の実感として捉えなければいけないのだが、それはかなりアクロバットな行為なのだ。だから、それが上手くいかない時には、もう良くなっているだろうと思って、クライアントの方にどうですか?と尋ねても、まだ痛いですという答えが返って来る。手技の業界では、セミナー難民になる人もいるけれど、これで良いという基準が分からなくて、自信が持てないからだろう。握手をして、相手の悪いところが分かるくらいの認識力があれば、テクニックは枝葉末節。どの様な手技を使っても良く出来る。そして、認識力を発揮する為には、感覚的に静かになる必要がある。人の話す小さな声を聴き取る為には、自分が大声で話していては分からない。それは聴覚としての表現だけど、触覚的に言うと、身体が力んでいては分からない。自分の身体の力みが抜けて情報のノイズが少なくなると、自然と相手の身体の悪いところは映る様になる。整体を学ぶ時、型稽古をちゃんとやったら、ほっておいても観察力はつく。

日光さる軍団

しばらく前に、お酒を飲んで転んで、腕が動かなくなったという方がいらしていた。施術後、腕は大分、動く様になったのだが、身体はどの様な状態ですかとお尋ねになられるので、そんなの肝臓が張っているに決まっているではないですかと、笑った。ところが、その二日後に、休みだったので昼間からほろ酔いで、昼食に角金へ出掛けたら、階段から滑り落ちて、お店の人が様子を見に来る騒ぎとなった。先日、その方がまたいらしていたので、経緯の報告をして、人のことは笑えませんねと、二人してまた笑った。

ところで、肝臓は沈黙の臓器と言われるが、そんなことはない。手技をやっていると、むしろ、おしゃべりな臓器だ。その感触によって、食べている物や飲んでいる物の種類が分かるのだ。糖度の高い、例えば、砂糖菓子やワインなどを好んでいたら固くなるし、ビールを好んでいたら、脂っぽい手触りになる。また、癌があると、独特の繊維っぽい感触をしている場合が多いものだから、個人的な見解として、癌はどこの部位であっても、肝の病気だと考えている。

それはともかくとして、東洋医学では、春は肝の季節だという。近頃、眩暈や頭痛などのご相談も多いのだが、大体は肝の張りを調整したら、それで済んでしまう。足がつるなどもそう。特に、右足だと、まあ、間違いはない。対処法はとにかく水を沢山飲むこと。お酒を飲んだら、水を飲んで酔いを醒ます様なことはよくやるけれど、水が肝臓の働きを助ける。しかし、水をお薦めすると、よく他のものではダメですかと訊かれるのだが、そんなに水が嫌いなのでしょうか。結論は、ダメです。コーヒーや紅茶などを飲むと、かえって喉が渇くくらいなので、水の代わりにはならない。これは嗜好品を否定しているのではなくて、好きにすれば良いけれど、水分にはカウントしない方が良いという意味になる。

そういえば、以前、「美空ひばり 股関節 肝臓」で、ネットの検索をして、ウチにお越になられた方がいらっしゃった。晩年の美空ひばりさんが股関節痛で苦しんで、同時に肝硬変だった。その連想で、検索してみたらBLOGがヒットしたというのだが、筋が良い。右の股関節は肝、左の股関節は心の影響を受けやすい。肝を押さえたら、スパッとは良くならなかったが、酷い痛みは取れたそうだ。しつこく肝の話をすると、頭痛薬というのは効率が悪いものだなあという感想がある。肝から来る頭痛というのは案外に多いのだが、薬は肝臓で分解するので、結局、負担が掛かって、マッチポンプになりやすいのだ。何年か前に、女性のクライアントの方から慢性の偏頭痛のご相談を頂いたのだが、お体を拝見すると肝臓の張りが顕著。ゴム状に固くなっていたのだが、多くの場合、それは薬の飲み過ぎで、キャパオーバーになっている。肝臓を押さえてそれをお伝えしたところ、1週間ほど後には症状はすっかり良くなったのだが、お医者さんのご主人には、何で良くなったのか分からないと臍を曲げられてしまったことがある。いやあ、そんなところまで気は遣えませんよという。反省点としては、こうしたケースでは相手の土俵で話すと不用意に刺激するので、氣の力ですとか、宇宙のパワーがどうたらこうたらとか、煙に巻いておくべきであった。いやまあ、どれだけロジックを丁寧に積み重ねたところで、疑似科学以上のものにはなり得ないしね。お猿さんの割に日本語が喋れるじゃないかくらいのポジションの方が、実はやりやすい。ひどい話のオチとなってしまった。

2017年3月23日 (木)

リュック・ベッソン

クライアントの方から、布団が悪いのでしょうか?、鉄剤が悪いのでしょうか?、脳梗塞にはならないでしょうか?、鞄が重いのが良くないのでしょうか?等々、ご質問の嵐。こちらからは、それは鞄が重たいのではなくて、心配ごとばかりで頭の中が重たいんじゃないですか?とお応えさせて頂いた。口が減らないとはこの事か。続けて、心配性の人は晴れていても、雨が降るのを心配していつも折り畳み傘を持ち歩いていますけど、今は傘なんて安いのだから、手ぶらで良いではないですか、その鞄、傘が入っているんじゃないですか?とお尋ねしたら、入っているとのお返事があった。ちゃんと良くなるので、余計な心配はしないでくださいとお伝えしたのだが、自分も言いたいことを言ってスッキリしたし、お相手からも全くその通りなので、なんだかスッキリしましたとのコメントがあって、綺麗にオチがついた。

今日は初回の方から、掌からイチゴの香りがするというご感想を伺って、おもしろかった。そういえば、香功という気功があって、やったことはないのだが、それをすると掌からお香の様な香りが漂うのだそうだ。興味深い。

昨日は、リッツ・カールトンに泊まっている友達から、遊びに来ませんかとお誘いを頂いたので、六本木に伺って、部屋で出前をご馳走になっていた。先日、パリのホテルのバーで飲んでいたら、リュック・ベッソンが女性を口説いているのを見かけたという良い話を伺った。その後、バーへ移動したのだが、あまり来る機会もないので、客層が興味深くてしげしげと眺めてしまった。なんかイメージ通りね。椅子に足を45度に揃えて腰掛けた本当にマネキンみたいな女性と、ザ・ヒルズ族みたいな比較的年齢の若い男性の組み合わせを複数、見掛けた。何時間か話し込んでいたのだが、そういえば、そんなことを考えていたんだよなと、再確認をした。開業して何年か経った頃だろうか、物語よりも商品を売るということを考えたのだ。物語には人を動かす力はあるのだが、それだと、端から人を選ぶので、限界がある。それよりは便利なら、ほっておいても人はそれを求めるから、コンビニで良いと。紹介で来る方が多いので、物語はかえってノイズになるという事情もある。だから、ホームページもわざと平たくしておいて、名刺以上の意味は持たせていない。ウォッカを沢山飲んで、気が大きくなった。iPhoneが4から7にバージョンアップしたところで、そんなのは全く進歩ではない。iPadもサイズがただ大きくなっただけ。次のステップとして、網膜に直接映したら、それは進歩だ。手技でそれをやりたいという演説。

2017年3月18日 (土)

ロゴスキー

昨日は銀座のロゴスキーで昼食。創業67年の老舗。学生の頃に、伊勢丹裏のペチカによく行ったのだが、10年ほど前に閉店して以来、ロシア料理難民だった。地元の金沢市がロシアのイルクーツク市と姉妹都市だった関係で、小学校では、時々、ロシア料理風の給食が出た。ジャム入りの紅茶ゼリーというのがあって、評価は分かれたが、自分は好きだった。ロシアンティーも好きだ。壺焼きを久しぶりに食べられて、満足した。

午後一の仕事は、熱湯を足にこぼして火傷をした女性。包帯越しに掌で皮膚を探ると、感応がビリビリと強い場所があったので、鎮まるまで手当を続けた。指先が腫れていたがそれは引いて、痛みも大分、取れたそうだ。ついでに仙椎ショック。火傷をすると、仙椎2番が強張って仙椎孔が塞がったみたいな感触になる。仙椎2番を操作すると、なんとなく皮膚が弛む。そういえば、学生の頃になぜか裸で目玉焼きを焼いていたら、油が跳ねて、お腹を火傷したことがある。慌てて尻を叩いたのだが、自分では如何ともし難かったことを思い出した。

しかし、毎日、2千字を書いたら、50日で完成だと意気込んでいたのだが、途中で書いたものが気に食わなくなった。羅列だとどうしても価値相対主義になるのだが、受け入れられやすい反面、それでは弱い。書いたものを読むと、現状の自分の強みと弱みがよく出ている文章だった。年齢的にも世相的にも、求められているのはそこではない、という気がする。そんな訳で、書き直し。

2017年3月16日 (木)

健康美

前を歩いてるカップルの女性の足元を見ていたら、左の靴の減り方が妙だったので気になった。この踝の感じだったら、左耳にトラブルが出ているはずなのだが、彼氏の方は左側に歩いているから、自分の勘違いだろうかなんてことを考えた。まさか尋ねる訳にもいかない.。

職業病で、人の体のあら捜しをしてしまう。またすぐに見つかる。人体を減点方式で採点すると、本当にキリがない。

これが施術者としての一つのハードルだ。観察力がつくと、かえって施術時間が掛かるという経験をしやすい。穴を全て塞ぐみたいな施術になりやすいのだが、どれが重要でそうでないのか、優先順位をつける訓練が要る。

もう一つは、価値観。節約も結構だけど収入を増やしましょうよというか、病気を治すよりも身体を鍛えましょうというか。マイナスを減らすよりも、プラスを増やすつもりでやった方が、かえって結果の付いて来る場合も多い。対症療法よりも、身体のバランスを整えたら、自然と症状も良くなりましたという形に持っていける方が、案外にレベルは高い。健康美。

2017年3月15日 (水)

内臓の利き側

昨日は休みだったので、昼から喜多由でお好み焼きだった。なるべく薄く広げて焼く。青のりは沢山、ソースは鉄板にも敷いて、わざと焦げ目をつくる。いつも混ぜるのを面倒ぐさがるので、ムラが出やすい。隣では、どこぞの大学の院生だという二人組の男の子が、卒業した後に就職先がないという話をしていた。2人とも実家に戻るらしいのだが、こちらに拠点がないと鎌倉辺りには行かないよねという話をしていて、確かにと同意した。

その後は志楽の湯に出掛けた。ここは露天風呂があるのが良い。お風呂の中で、昔取った杵柄で長拳基本功をやっていた。活元運動や呼吸法も素晴らしいのだが、それ以前に体が固過ぎると動くはずのものも動かない。普通に柔軟体操をやってから行った方が効率は良い。

近頃、体を整えることを熱心にやっていたら、左足の外反母趾が良くなった。外反母趾というのは腎臓の老化現象なので、腎を調整したら改善する。巻き爪も同じ方法論で行ける。ただ、巻き爪の方は時間が掛かる。

腎を調整するには、後ろを振り向くみたいにして、体を捻ることを繰り返す方法が良い。この体操を左右行うと、やりにくい側がある。たいていは、同側が外反母趾気味になっている。あまり認知されていないのだが、2つある臓器には、利き目、利き腕、利き足みたいに、利き側がある。自分の場合は、左側の腎がそうで、だから、左足が外反母趾になっていたのだが、利き側を使う機会が多いので、どうしてもそちら側が疲れやすい。

2017年3月12日 (日)

基本訓練

体操にはコンセプトがあって、おもしろい。ラジオ体操は、全身の筋肉が動く様にというコンセプトでつくられた体操らしい。自分がやるのは、活元運動、こちらは必要なところが動くというコンセプトの体操。

寝る前に、一通りの流れでやる。小一時間くらいだろうか。

1.整体体操
2.活元運動
3.深息法
4.脊椎行氣法
5.合掌行氣法

活元運動と深息法をバランス良くやるのがコツ。活元運動をやると体は敏感になるのだが、それだけをやっていると体は弛みっぱなしで、満員電車が苦手になったり、ファストフードを受け付けなくなったりと、生活がヒッピー化する。一方、深息法をやって丹田を鍛えていくと、我ばかりが強くなって、変な支配欲が出やすい。両方やると中和されて、良いところが残る。

2017年3月11日 (土)

ヤマト体操

ヤマト運輸がAmazonでパンク寸前だとか、20何年かぶりに全面的な値上げを検討しているというニュースが話題だ。

修業時代、ヤマト運輸でアルバイトをしたことがある。超優良企業ではないだろうか。それは、佐川運輸と郵便局でもバイトをした経験があるので、比較しての話。郵便局でバイトをしたのは、まだ民営化される前のことだったが、ものすごく仕事が緩くて楽だった。流石、親方日の丸、日本型社会主義というのはこういうことかと感動した。年末年始だけは地獄だとしても。一方、佐川運輸はその人使いの荒さと言ったら、戦国時代かという雰囲気。配送中に、荷物を乱暴に扱った事件があったけれど、あの働き方では無理もない。

その点、ヤマト運輸は徳川幕府。生かさず、殺さず、でも平和。休憩もストップウォッチで測ったみたいなんだけど、労働の喜びを知るというか、働いていてまったく悪い気にならなかった。仕分けをするベースのラインにいたこともあるので、洪水の様にゴルフクラブが流れて来た光景が目に浮かぶ。今はもっと大変なんだろうな。

そういえば、ヤマト体操というラジオ体操を簡略化した体操があって、合理主義の極み。ディテールに本質は現れるというか、末端を見たらそれで全体が分かるというか。当時、三社を比較して、会社組織についてすごく考えさせられた。

2017年3月10日 (金)

痒い所を書きたい

仕事で経験したものをまとめてみたい。目標は中井久夫の『治療文化論』。大きく出たぜ。

それで、本を一冊書く様なつもりで、文章を書いているのだが、難儀をしている。ロジックを組み立てるのが苦手なのだ。一方、羅列は得意なので、方法論から考えてみた。

想定しているボリュームは10万字、400字詰めの原稿用紙300枚で、文庫一冊分。2000字の文章を50本書いたら完成。むしろ、4000字で25本の方が楽だろうか。

横に羅列する中で、立ち上がるものをロジックとしたい。とにあえず、2本は書いた。

ただ、このBLOGも10年近く書いているので、コピペで良いかもしれない。書き散らかしているので内容を忘れてもいるし、まとめた後には全て削除して、なかったことにしてしまいたい様な気もする。

しかし、不思議な話もあるものだ。先日、角金で大学の先生とご飯を食べていたのだが、後日、インスピレーションを受けたので、本を出しましょうという話になった。

いやあ、最初の部分は確かに私かもしれませんけど、ちょっと専門外過ぎますよという話をさせて頂いた。じゃあ、監修でという会話があったのが、今日の話。実現したら畏れ多い話だけど、もう出版社に渡りをつけたというので、たまげた。

持ち込み企画の『不定愁訴の7割は目で改善』(仮称)は、編集会議待ちだ。それも、どうなるだろうか。

2017年3月 9日 (木)

春の体調

春は一番、ダイエットのしやすい季節だ。

なぜかというと、下痢をしやすいから。

春先には、体は冬の間に溜め込んだ脂を排泄しようとするので、自然とお腹をくだしやすい。

体質によって、普段からお腹をくださないという人がいるけれど、そういう人ほど、この時期は逆に体調を崩しやすい。3種体癖の苦手な季節。

肌が荒れたり、首が痛いという人も多いのだが、どちらも、お腹が張っているのが原因だ。然るべき排泄が行われると、どちらも改善する。

体の排泄しようとする働きというのは貪欲なので、下痢で出ないと、代わりに肌から出そうとする。だから、この時期にはお肌のトラブルが増える。

お腹と首の話は、関連が分かりにくいかもしれない。これは論より証拠。お腹を調整すると、首が楽になるので、驚かれる。そういうものなのだ。

更年期の多汗なども同様の現象で、この時期にはお小水の出が悪くなるので、体は代わりに汗で出そうとする。

汗を悪者にするのは間違いで、小水も汗も出ないとなると、いよいよ体には負担だ。これも、お小水の出を良くしたら、汗の出る必要がなくなるので、多汗は改善する。

内股を小便出しの急処と呼ぶのだが、開脚をして、張りを取っておくと出やすいかもしれない。あとは、体を捻る様な体操を行うと、腎を刺激するので、小水は出やすい。濡れたタオルを絞るみたいというと、変な喩えだけど。

2017年3月 8日 (水)

恋の罪

昨日は休みだったので、朝から園子温の『恋の罪』を見ていた。

東電OL殺人事件を題材にした映画なのだが、実は、被害者女性の知人がいらしていて、背景を少し伺っているので、興味深い。

作中、被害者の女性は3人のキャラクターに分割されている。水野美紀演じる刑事、富樫真演じる大学講師、神楽坂恵演じる主婦の3人。

刑事は夫の後輩と不倫関係にあり、大学講師は売春をしている、主婦は有名小説家の妻であり、何不自由ない暮らしを送っている様でありながら、偏執狂の夫からの抑圧に苦しんでいる。

三者三様に病んでいるのだが、主婦が、大学講師にほとんど洗脳される様な形で、売春にのめりこんでいく。話の山場では、大学講師の母親が出て来るのだが、彼女が、大学講師がそうなった原因として配置されている。

母であるよりも女だったというか、夫を娘に取られた妻として描かれているのだが、大学講師も極度のファザコン。

この辺りの関係性の描写は、リアルに感じた。仕事で、母娘の難しい親子関係をしばしば目にするのだが、母親から認められなかった娘さんの方には、独特の自己評価の低さを感じるからだ。かえって、社会に過剰適応して見えるというか、男性化している様にも見えるのだが。

逆に、母息子の関係性が密接で、こじらせている場合は、息子さんの方には全能感というか、社会と折り合いをつけるのに不都合なくらいの自己評価の高さを感じなくもない。あまり言語化は出来ないし、例外も沢山あるけど、パターンではあるな。

2017年3月 6日 (月)

この仕事をしていると、薬嫌いの方とよくお会いする。

自分自身は22歳に飲んだのが最期。医師のお宅に遊びに行って、滞在中に気持ちが悪くなった。連日、遊び歩いていたのだ。

顔色を見て、一言。食べ過ぎだ、というご指摘を頂いた。正解。

これは自分が悪い。お渡し頂いた胃薬は礼儀として飲んだ。それで楽になった。

さて、薬は肝臓で分解するので、慣れると、肝臓の感触で、曖昧な区別がつく様になる。

抗生物質を批判する人は多いのだが、実は、ピルの方が体への影響は強いという感想を持っている。肝臓がゴムマリみたいな感触になるし、量が多いと、若干、顔も脹れる。

漢方については、無添加の健康食品みたいに捉える方もいらっしゃるのだが、正直、肝臓の感触を見ている限りにおいては、市販薬との区別があまりつかない。葛根湯などもそう。

だから、漢方が素晴らしいのは、薬の質というよりも、十把ひとからげに処方しないで、個人の体質に合わせた証をとるところではないだろうか。

リタリンなどは、時々、気の毒な人を見かける。もう舌の呂律が怪しい。でも、本人よりも家族が大変な場合もあるから、功罪を簡単に問えるはずもない。

あとは、睡眠薬。常備薬の中ではこれが一番、手強いかもしれない。長期間、服用している方が多いからだ。

整体の施術を行っても、もう神経に適切な反射が起こらなくなっているので、効かせるには、ちょっとしたノウハウが要る。不眠症の方は、身体的なものに少し鈍くなっているのだ。

不眠症の方に、騙されたと思ってお試し頂きたいのが、耳かき。それも耳掃除ではなくて、耳の中をほぐす様なつもりで丁寧にやってみてほしい。

味付け

最近、稽古というと、木刀の素振りと基本の突き蹴りばかりをやっているのだが、だんだん速くなって来た。

そうしたら、今まで速いと思っていた相手の動きが、少し遅く感じられる様になって来た。

認知の仕組みのおもしろいところで、自分が速く動ける様になると、自然と相手の動きを遅く感じる様になるし、自分の突きの威力が上がると、相手の突きを受けても平気になる。

つまり、情報の処理能力の問題で、自分で処理出来る情報であれば、相手の情報も処理することが出来る。

転じて、語学では聴き流しがブームだけど、聴き取れるから喋れるのではなくて、喋れるから聴こえるのではないだろうかなんてことを考えた。ロサンゼルスとかチョコレートとか、口馴染みのある単語であれば、聴き取れるものね。何か語学の一つでもやって、仮説を確かめてみよう。

整体の勉強も、まずは自分の体を整えるのが上達の近道。自分の体の調整が出来たら、人のも出来る。体操もしっかりやると、人体がどのくらいの刺激で変わって、また変わらないのかといった様な見積もりが分かる。後は、年齢や体質の異なる他人の体だと勝手が違って来るので、その微調整をしたら、それでもう使える。

振り返ってみると、自分の施術については、修行時代の方がかえって上手かった様な気もする。ただ、そのままでは使えなかった。なぜかというと、練習仲間は自分でも体を整えている人がほとんどだったので、少ない刺激で体が変化するのだ。仕事で同じことをやっても、間に合わない。だから、味付けをかなり濃い目にしてある。

GLANTS

昨夜はバーで沈没していた。目が覚めたら、3時だった。

それで真理に到達した。ウィスキーが一番、コスパが良い。二番目が焼酎のお湯割り。ビールを何缶も空けるくらいなら、アルコール度数の高い酒を飲んでいた方が、財布にも体にも優しい。

Grantsが、良いです。

ところで、酒の強い人の体を見ていると、飲んだ結果として、足が張っている。酒の苦手な人は肝臓だけが張るのだが、強い人は体全体で飲む様な感じだ。

だから、しばしば足が痛いという人が、大酒飲みだということがある。尿酸値には出ていなくとも、ほとんど痛風様の症状。

似た様な話で、以前、やはり足が痛いという人のお体を拝見したら、糖尿病っぽい足をしていた。持ち上げた時に妙な軽さがあり、独特の蝋の様な感触がする。

ご本人は数年前の怪我の影響で、足が痛いのではないかというおっしゃっていたのだが、いやあ、これは甘いものの食べ過ぎじゃないのかなと思った。ある程度以上の年齢になると、本当に、そういうことばかり。

ただ、そういう人には、整体がよく効く。飲み食い出来るだけの体力があるからだ。

後は、ほんの少しの養生。自分も今日は小食にしておこう。足三里が張って、しょうがない。

2017年3月 5日 (日)

スコセッシ『沈黙』

今年から、祝日を休みにするつもりで告知していたのだが、色々と無理があるので、取りやめにした。

今週の定休日の火曜日は、新宿にいた。

創業は大正11年、トンカツの発祥店だという説のある王ろじで、名物のとん丼を食べた。カレー丼にトンカツが載っているという代物。カツカレーでは、ない。衣には小麦を強く感じて、やはりなんとなくレトロ。

新宿に来たのは、スコセッシの『沈黙』が目当てだ。2時間40分もある大作なので、劇場が敬遠するのか、上映館は少ない。

観客は60代が多い様に見えた。平日の昼間にも関わらず、ほぼ満席。

作中では、遠藤周作の小説を原作に、島原の乱からしばらく経った九州の農村を舞台にして、キリスト教徒の迫害が描かれている。

胃に重たい映画だった。冒頭から、拷問なのだ。張り付けにされて、熱湯を掛けられていた。

それを見てすぐに、メル・ギブソンの『パッション』を思い出した。キリストの礫刑の前後を描いた作品なのだが、これも劇場で見た。よりにもよって、キリスト教系の団体が主催するイベントで見たのだが、会場から、すすり泣く声が聞こえてきたものだ。

勿論、自分はキリスト教徒ではないので、『沈黙』を見ても、そうした形での感情移入は出来ないのだが、普遍的なテーマについて、考えさせられた。

作中では、踏み絵がキーワードになる。マリアやキリストが描かれたプレートを踏めるかどうか、踏み方の如何によって、代官はキリスト教徒かどうかを見分ける。

敬虔な信者は、踏み絵をして棄教するよりも、拷問を選ぶのだが、それは本人の選択。話のハイライトでは、神父である主人公が踏み絵を迫られるのだが、この時、担保にされるのは神父の命ではなくて、信者の命なのだ。

自分が踏み絵をしたら、信者の命は助かる。この時、神父は踏んで信者の命を助けるべきだろうか?それとも、自らの信仰を守るべきだろうか。既に、仲間の神父は、踏み絵を拒んで殉教している。

一番良い役なのは、窪塚洋介演ずるところのキチジローだ。飲んだくれの一信者なのだが、実に簡単に踏み絵をする。その後、偽善的な懺悔を済ませて、同じことを繰り返す。

神父は、悪には美学がある、悪でさえない惨めな男だと、彼を評する。作中で、もっとも格好良い台詞だ。ただ、はたして、一度でも踏み絵をしてしまった後で、そんな風に言えるだろうか。キチジローでないのは、殉教した人だけなのだ。

結果的に、この作品も先進国における踏み絵になっている。おそらく、宗教原理主義には馴染まないだろう。

2017年3月 3日 (金)

袖擦り合うも他生の縁

昨夜は研究会の後、べったこで、クライアントの方と飲んでいた。

ご紹介頂いた方が、昨年に亡くなられたというご報告を頂いた。

末期癌の方だったが、亡くなられる二か月前の夏に一度だけ、施術をさせて頂いている。

あの人はこういう人だったと、エピソードを伺ったのだが、一度だけお会いした故人の話をそうして伺うのも、不思議なものだ。袖擦り合うも他生の縁か。

続けて、あの人もこの人も亡くなったという話を伺ったのだが、年上のご友人の多い方なのだ。自分もそうなので、いずれはこうして故人を惜しむのだろうかなんてことを考えたりもしたのだが、実際には分かったもんじゃないな。年を取るのは順番通りでも、生き死にがそうとは限らない。

20代の後半に開業したので、若い若いと言われたものだが、順番ですよというのが決まり文句だった。さすがに、最近はもう言われない。

人の体を見て来て、保証書が付いているのは40歳くらいまでという感想がある。

同業者には割と長生きしない人も多いのだが、ある種のアスリートなので、体を酷使する。それはもうしょうがない。自分はどうだろうね。

2017年3月 2日 (木)

ボランティアと仕事

昨日、ボランティアをしている学生のクライアントの方と話をしていて、ボランティアとお金を受け取ってする仕事の違いは何でしょうねという話題が出た。

すごく良い視点なので、自分の体験を話させて頂いた。

マッサージなんて誰でも出来そうな気がするのだ。ついでに、例えば、家のカレーは美味しいけれど、お店のものとは違う。じゃあ、その違いは何だろうかと。

そこには需要と供給があるというか、もっというと、お客さんのオーダーがあるので、商品でもサービスでも、それに価値を認めるのは自分ではなくて、お客さんだという話をした。逆にどうすれば、価値を認めて貰えるだろうか。仕事って、そういうものでしょう?

そうした意味では、自分が価値を決めるのがボランティアで、相手が価値を決めるのが仕事かな。

丁度、お昼に小原先生まんぷくで、焼肉を食べながら、似た様な話をしたところだった。

好きなことをするのは前提なんだけど、じゃあ、どうすれば、好きなことが続けられるかという話題だったのだ。

結構、これは話の通じる相手と通じない相手に別れる。しばらく前にも、初対面の相手と話をしていたら、それは経営者の視点だと言われて、ニュアンスからはガッカリしたものを感じた。

話が通じないもんだなあ、と思ったのだが、日本には職人礼賛の文化がある。

例えば、ドラマの『下町ロケット』を見ていたら、競合他社とのコンペに負けた翌朝に、不眠不休で働いた社員を集めて、阿部寛演じる中小企業の社長は、コンペには負けたが、技術力では負けていないと言い放ったものだけど、それを格好良い姿として描くところが日本の病ではないだろうか。

大体が、経営とか僕が言うと、知っている人からは笑われるからね。サラリーマンの生徒と飲んでいたら、予算とかあるんですかと尋ねられて、ある筈ないじゃないと苦笑したことがある。

そんな偉そうな話でもなくて、もっとスケールが小さくて、もっと身近な関心。自分の作品について、客観性と責任を持つというか、やっぱり職人としての話だよ。それを経営と職人に、評価軸を分けることで、逃げることは出来ない。要するに、人にとって良い物であれば、普通に売れるはずだ。

後は時流。開業初期に、ものすごく考えたのだけど、現代で最高品質のタイプライターを作っても、それはどこにも需要がない。自戒を込めて、書いておこう。

出来の悪い日本組織論

昨年、アメリカへの旅行に行く前日。

ガンシューティングのツアーに申し込む為に、タフ高橋に国際電話を掛けた。

明日の14時からと申し込んだところ、電話の向こうから、スケジュールを確認しながら、Ashita is tomorrow、Ashita is tomorrow と呟く声が聞こえて来て、ヤベエと思った。

実際にお目にかかると、人情味あふれたオジサンで、サンフランシスコへ旅行に出掛ける際には、実にお薦めだ。面白い話を沢山してくださる。FBIなど、書けない話題が多いのだが。

アメリカに初上陸、飛行機から降りて、ホテルニッコーで待ち合わせ。右も左も分からないままの3時間後には、射撃場で44マグナムを撃っていたので、結構、クラクラする様な体験だった。

射撃場への車中、911以降、日本人が少なくなったという話を教えてくれた。サンフランシスク全体で、5000人くらいらしい。また、2000年代のITバブルで、西海岸の家賃が高騰して、とても住める様な金額ではないらしい。

射撃場の帰りに、日本人街に案内してくださるというので、ご厚意に甘えたのだが、ビル一つの中に、鮨屋、紀伊国屋、喫茶店などが入っている。

翌日に、中華街に出掛けたら、華僑が身を寄せ合って暮らしているという感じだった。横浜や神戸は観光地だけど、こちらは生活する場所に見えた。そして、街は大きい。

日本人街と中華街を見比べて、ああ、こういうことかと、一人、納得した。

高橋さんも言っていたのだが、日本人は一人で喧嘩をするけれど、中韓の人達は集団でするので勝てない。

いやまあ、自分は右翼でも何でもないつもりなのだが、中途半端な個人主義を日本に導入しても、弱くなるだけだなんてことを思ったのだ。むしろ、中韓の血縁主義には、合理性がある。

どういう意味なのかというと、日本人がアメリカでドルを得ようとすると、まずそれは日本人社会からなのだ。アメリカへの留学生が、鮨屋でバイトするなんてありふれた話だけど、ロサンゼルスで日本人の経営する鮨屋に行ったら、空手割というのがあって、日本人の稽古仲間には割引があった。寄る辺のないところで、頼れるのは同国人なのだ。

高橋さんなどは、60年代に就労ビザもなしに、渡米して、飲食店の裏口から皿洗いのバイトを探したなんて猛者だ。日雇いの土方もやったし、ホームレスをしていたことさえあるそうだ。

ただ、たいていの人はそこまで強くはない。そうなると、連帯が必要になるのだが、最早、血縁主義もなければ、戦前にあった様な上京した同郷人が助け合う様な文化もない。

アメリカに留学して、ほとんど挫折して帰国して来た様な人を沢山知っているけれど、海外で生活していくのは、語学が出来るとか、そういうことでは済まない話だと教わった。

最近、電通の絡みでオーバーワークが問題になっているけれど、前提にあるのは、会社への帰属意識を前提にした就業のスタイルだろう。転勤でも何でも、会社に服従するのだが、その代わりの身分保障と社会保障、終身雇用が約束されている。

だから、自ら、社会的なコンセンサスとして、日本的な経営を手放すのであれば、一人でやっていけるくらいに個として強くなるか、代わりとなる連帯のモデルが必要なはずなんだけど、それがない。

そっちの方が、本当の問題ではなかろうかなんてことを考えた。一瞬、ノマドワーカーというのが流行ったけれど、それは裸と同じではないのという話。80年代に、フリーターがもてはやされたのと、何が違うのか分からない。

それを個人事業主が言うのは、もっとお笑い種なんだけどね。

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