2018年10月13日 (土)

『息覚 呼吸から≪我が唯一の望み≫へ』小椋孝子・浜田貫太郎/著  幻冬舎ルエンッサンス/刊

2年ほど前、栗本慎一郎さんの本を読んだら、何千~何万年か前に人類はシベリアに一斉集結しているという趣旨の記述があり、興味深かった。誰かに話を聞いてみたかったのだが、都合良く、言語学者の先生がいらしていた。丁度、ご予約が昼時だったので、施術後にそのまま食事にお誘いして、角金で話を伺った。

言語は民族と共に移動するので、遺伝子の移動を追うのが言語学の重要なアプローチなのだ。そうしたら、確かに、ある時期の南シベリアに遺伝子的な偏在が顕著に見られるのだそうな。普通に考えたら、当時のユーラシア大陸には、そこにしか住めない様な環境条件があったのかもしれない。全くの専門外なのだが、バベルの塔崩壊以前の世界にロマンを感じた。

話は脱線して、そこには神以前のコンセンプトがあったとおっしゃるので、それはアニミズムと何が違うのか?といった様なことを話していたのは覚えているのだが、何かの話の流れで、呼吸は感覚器官だという話をしたらしい。らしいというのは、実はあまり覚えていないのだが、後で言われた。

それが彼女のツボにはまったらしいのだ。というのは、日本の言語学はソシュール由来のアプローチ法が主流なのだが、海外では脳科学などを援用したアプローチ法が取り入られていて、海外での研究経験の長い小椋先生にはフラストレーションだったのだ。そこに何のイタズラなのか、呼吸が感覚器官だという話が、言語学的なインスピレーションとなった。何だか訳の分からない話だが、書いている本人にもよく分かっていないのでしょうがない。

それを論文にしたいとおっしゃるので、お好きにしたら良いですよとお応えしたのだが、これまた律儀な話で、着想は先生だから、名前をクレジットしたいというお話を頂いた。いや、そもそもがフレーズだけだし、言語学の論文にクレジットがあっても、私の仕事の足しにはならないからと再び固辞させて頂いたのだが、そうしたら、本にしましょうという話になった。じゃあ、原案とか監修で良いですとお伝えもしたのだが、共著になった。小椋先生の学者としての仁義の切り方、見事である。

10年後には誰かが書いているかもしれないけれど、今、出せば一番です、という台詞が印象的。それは楽しいかもしれない。

呼吸が感覚器官だというロジックの最初の部分を自分が書いて、そこから小椋先生が論理展開した本が出来た。まったくもってキメラの様な本だ。自分の作業はもう随分前に終わっていて、編集会議にも一度出ただけ。後の作業も費用も小椋先生にお任せ丸投げ。おんぶで抱っこの本である。だから、あまり実感がない。10歳くらいの男の子がいきなり訪ねて来て、お父さんと呼ばれた様な感じ。命名も小椋先生に依る。

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そういえば、小椋先生との出会いは、武井先生の企画されたインド旅行だ。それをきかっけにして施術にお越し頂く様になったのだが、実はそれも謎。良いところを見せた記憶が1つもない。暇さえあればタバコをスパスパ吸い、退屈したら空手の練習をし出し、旅の参加者同士で部屋に集まってトランプをした際には、ラム酒を一気に煽って、それを先生のベッドにこぼしている。人生は分からない。

2018年10月11日 (木)

『安心』11月号

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マキノ出版様刊行『安心』11月号に浮腫みについての記事を書かせて頂きました。体験者の方、編集部の方にはお世話になりました。

2018年10月10日 (水)

ヨーガ

先日、久しぶりに武井先生にお会いした。ヨーガとインド占星術がご専門だ。気が付いてみたら、10年ほどのお付き合いになっている。まあ、お目にかかる機会もそうはなく、今回もインド旅行以来だから数年ぶりになる。

10年ほど前、毎週の様にお会いしていた時期がある。整体の教室を毎週水曜日にやっていて、そちらに遠路はるばるお越し頂いていた。当時はヒッピーの巣窟の如しで、変わった方ばかりが来ていておもしろかった。当然、収集などつかない訳だが、そんな中でなにくれとなく気を遣って頂いたものだ。

会の後には参加者の方と食事に出掛けるのが常だったが、自分にしてみたら、本で読んでいた精神世界業界の著名人達の話題を知人のエピソードとしてお話になられるので、実に興味深かった。時は流れて、今ではすっかり売れっ子の占い師の先生である。

そういえば、一度だけヨーガを教えて頂いた。その時は確か、バンダといって体を締めるテクニックの練習だったけれど、肛門は締めてもお尻の筋肉は不用意に使ってはならないといった指示があり(記憶違いかもしれない)、こんなに繊細なコントロールが要求されるのかと驚いた記憶がある。スポーツクラブ的なヨガに飽き足らない方はお訪ねになられたら、きっとおもしろいだろう。

2018年10月 5日 (金)

『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』竹熊健太郎/著 ダイヤモンド社/刊

足立のスタミナ苑へ出掛けた。駅から少々離れたところにあり、車での移動が望ましい。学生時代の友人に送ってもらった。

車中、彼から転職を考えているという話を聞いた。自衛隊を経て、企業の会計という変わった経歴を持っている。最近、意に添わない異動があり、やるせないらしい。実社会に揉まれたこともない気楽なフリーランスには分からないだろうと八つ当たりをして来る。

お前にフリーランスが出来るのか?何を売るんだ?と言い返したら、俺は優秀だとのコメント。自衛隊時代も・・・とコントが続いた。その自信の根拠は謎である。

ちなみに、奴の自己イメージはドナルド・サザーランドらしいのだが、仲間内での仇名は田沢である。褒め言葉だ。肉を焼いたら煙が彼の方へ行くので、煙にも優秀な方が分かるんですなあと付け加えておいた。いやまあ、わざわざ家まで送迎してくれるナイスガイではある。

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さて、『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』を読んだ。タイトルにドキリとして買ったのだが、フリーランスには発達障害が多く、会社勤めが出来なくてそうなっている人も多いという記述があり、やり取りを思い出して苦笑した。

確かにそうかもしれない。25歳の時に部品メーカーに就職している。整体だけをやっていてもモノにならない予感があった。足りない部分が足を引っ張るからだ。そこで、一番向かないことをやろうと営業職を選んだのだが、案の定、半年ほどで辞めている。給料を貰いながら行儀見習いをさせて頂いた様なもので、会社には申し訳ないことをした。

しかし、それも向き不向きというものだ。結果的に、フリーランスは性に合っていた。自営業は始めるのは簡単だが、続けるのは難しい。成功の甘さも失敗の苦さも一人占め、そこが良いのだけど。たまに、開業のご相談を受ける機会もあるのだが、整体以前にまずは会社勤めが合うのか、自営業が合うのかを自己分析するべきだろう。

タイトルについては、これは出版業界の話題だが、仕事の発注主が年下になると仕事が減るという身も蓋もない内容だった。カメラや編集、制作の仕事には雑用に近いものもあり、年上には気軽に頼みにくいとのこと。この点については、手技業界は逆。どういった年齢層を相手にするのかにもよるけれど、クライアントの立場からすると、自分の子どもくらいの年代の相手を頼るのは難しい。

自分の場合、早いうちに開業したので、それ故に苦労した反面、周囲の若さへの期待もあったのだろうなあと思い返すことも多い。ただ、年齢に応じて、期待されるものも変わって来る。若い頃の仕事のスタイルが、年を経ても通用すると考えるのは錯覚だろう。

2018年9月27日 (木)

脊椎行氣法

人工心臓ってあるけれど、人工腎臓はまだない。透析には大きな設備がいる。また、肝臓については透析的な設備すらない。

この辺りに、臓器の複雑さの度合が如実に現れているのではないだろうか。

心はポンプなので、腎を補すれば負担が減って楽になる。腎自体も意外と反応の良い部位だ。そして、肝は丈夫なのだが、一旦、本格的に壊れると大変。肝炎などをされた方を見ていると、回復には数年掛かる様に見える。通っていても、自然治癒との差が分からないよという。

ところで、東洋医学的なセンスでは、血行を司る腎を生命力の根本と見る。弱ると、外見にも出やすい。髪や爪のコンディションは端的。あとは顎に肉がつきやすいのも腎の弱りだ。

昨夜、出張の帰りに脊椎行氣をやっていた。1時間ほど続けたら、大分、腎が引き締まった。若い頃は元気が余っていたので効果があまり分からなかったのだが、鏡を見たら頬が削げていたので、なるほど納得した。

から咳

先週くらいから、から咳のご相談が多い。

お体を拝見すると、ほとんどは胃のお疲れが原因だ。季節的なものに見える。

秋口に涼しくなると汗をかかなくなるけれど、整体ではそれが胃に回ると考える。食欲の秋というけれど、胃酸過多として否定的な見方をするのだ。夏の発汗が不十分だと、またそうなりやすい。

胃がお疲れの場合、足の三里を調整すると楽になる。珍しく脚湯でもお薦めしてみようか。

三里は膝の下なので、そこまでの深さにお湯を溜めて脚湯をする。温くなったら、差し湯をする。お腹の辺りが温かくなるまで続ける。部分浴といって、全身浸かるのとはまた違った体への作用がある。

また、胃の調子が優れない場合、粉ものは避けるのが無難。典型的なのはインド料理のナンで、胃の水分を吸って食後に膨満感が起こりやすい。すると、胃の疲れが原因のから咳などが起こるきっかけになりやすい。

白湯などを熱いまま啜って胃を温めつつ、食事も揚げ物などの重たいものは避けておくのが良い。

2018年9月26日 (水)

健康法

久しぶりに本屋で健康本を眺めた。どこそこを揉むと全て良くなるといった風なタイトルがやたらに多い。言い切りの大喜利みたいだ。

ネタ切れに悩む出版社の事情であるのも間違いなかろうが、みんな頭を使うのが面倒くさくなっているのだろうか。いまいち需要が分からない。買う方も本気で良くなることは期待していないでしょう。

自分も負けてられないので、考えてみた。歩く時に音を立てるなというのはどうだろうか。

施術所は2階にあるのだが、足音がよく響く。腰の悪い人はドタバタした重い音を立てるし、頭から前のめりに歩く人はスタッカートが先の方にある様な感じ。結構、体調が音に出るのだ。

登り階段で足音を抑える為には足裏の使い方が重要になるし、下りでは膝の繊細なコントロールが必要になる。足音を気にして歩いていると、それだけで歩き方は変わる。

全ては良くなりそうにもないけれど、腰痛と肩凝りくらいは劇的に改善する様な気がする。歩く時に音を立てるな。

2018年9月23日 (日)

マトリョーシカ

WHOがアルコールで年間300万人以上の死者、各国に対応を警告との報告書

タバコの次は酒が標的らしい。小さな親切、大きなお世話と感じる。

イギリスのインド経営の尖兵は医者だったりした訳だが、健康産業は大義名分にもってこい。権力は善意の皮を被って、人様の生活に干渉して来る。カルトのやり口も一緒。貴方の為だと言って、縛る。

なんとなく、グローバリゼーションへ反抗的な態度を取ってしまうのだが、どうしてだろうね。もうほとんど生理的な嫌悪感になっている。

いや、iPhoneなんぞ使っているから、ただのファッションかもしれない。難しい時代で、反原発の記事を原発の電力を使って書くみたいな滑稽からは逃れられないのでありまして。

陰謀論者の自覚もないのだが、嗜みとして健康帝国ナチスを挙げておくか。

実際、健康産業従事者の端くれとして実感するのだが、下手をすると、妙な支配欲に捉われやすいのだ。あれしちゃダメ、これをしてくださいとか何とか言っているうちに、ダークサイドに堕ちる。

怖いのは、本心から親切で言っていたりするところ。悪意のあった方がまだ美しい。整体を仕事にする人は、他人に関心がないくらいで丁度良いよ。ほっといても人と関わるのだから。健康をモラルにするな。そんなの全く楽しくない。

自分の商品価値はカルトでないところだという確信犯がある。その方がキャラクターには合いそうなものだけど、そんなの一山幾らで、そこいら中に溢れていて珍しくもないというのが、これまた入れ子構造になっているとは言っていない。

2018年9月20日 (木)

欲望

人のお宅でアイスをご馳走になった。チョコレート、アップルシナモン・・と種類を言われたので、すぐにアップルシナモンを選んだ。

他にもあるけど聞かなくて良いのか?と尋ねられたのだが、それが食べたいのだ。

針小棒大に、決断とはそういうものではあるまいか。メニューを全て見るつもりでいると、何にも決められない。例えば、婚活とか。

現実はアイス屋さんのメニューの様にはいかない。女神に後ろ髪はなく、見送った皿とはそのままさようならの回転ずしみたいなもの。

婚活に限らず、データ主義が流行っているけれど、年収や学歴みたいなデータは足切には便利だけど、ものを決めるという事とは本質的に関係がない、様な気がする。

じゃあ、何で決めるのか?それを人に訊くくらいなら、止めておいたら良いんじゃないですかという。そもそも、欲しくもないのだから。

ところで、衒学的な話をする。整体では決断力とかけて、腰が弱くなると無くなると説く。その心は?

子育て講座

先日、乳児のお子さんをお持ちのお母さん方にお集まり頂いて、講座があった。

事前、トラブルへの対処法を知りたいというリクエストを受けていたのだが、あまり直球にはお応えしなかった。

むしろ、お腹の固さや便の色、足首の太さの左右差などの体調のチェックポイントをお伝えさせて頂いた。

後日、参加者の方から、トラブルへの対処法を知りたかったけれど、普段から赤ちゃんの体調を見ておくのが大切なのですねという趣旨のご感想を頂いた。

その通りなのだ。伝わって嬉しかった。トラブルがあって、それを急になんとかしようとしても、それは無理。習うよりも慣れろで、普段からやっていたら、落ち着いてみられるかもしれない。

今回はお腹のお手当をテーマにしたけれど、難しいことは考えないでまずはやってみるのがオススメ。美容上の効果もあるので、ご自分の体でやってみて頂きたい。吹き出物が改善して、お肌が綺麗になる。

しかし、僕が赤ちゃん向けの講座をやるとミスマッチだろうか?蛭子能収さんの子育て講座みたいな?いや、実際にはかなり親切ですよ。

過去・現在・未来

家を出て、給湯器のスイッチを消したかなと心配になって戻ってみたら、ちゃんと消えていた。それで、ああ、そうか神経症だと気がついた。

何の話かというと、鬱は未来に捉われる病気、統合失調は現在に捉われる病気と勝手に定義している。じゃあ、過去に捉われるのは何だろうかと疑問だったのだ。

根拠は予約の取り方だったりする。鬱の方は先に先に予約を取るし、遅刻はしないというか、決まりごとを破ることが出来ない。やり取りをしていても、何を食べたら良いですかといった様に、自身の未来の行動についてのご質問も多い。体操をご案内したら、何時、何回やれば良いですか?と細かくお尋ねになられるのもこのタイプ。タイミングと回数までご指定した方が親切というものだ。

一方、統合失調の方は今から行っていいですかという予約の取り方を必ずする。近所のセブンイレブンで予約を受けて、施術所に戻ってみたら玄関にいらっしゃったということもあるくらい。

その点、過去に捉われるのは神経症だ。玄関の鍵が閉まっているのか心配になって、何度もドアノブを引っ張り過ぎて壊してしまったなんて方も知っている。やり取りでは、何をしたらダメなのかを尋ねられる機会が多い。生活習慣上の制約をご案内すると、納得されやすい。

心配の方向性が過去、現在、未来のどちらに向かっているのかという話だった。タイプよりも個人差を常に優先する様に気をつけているのだが、理論というよりは経験であるのも確かだ。相手のリクエストに応えていると、自然とそこにやり取りが落ち着きやすい。

2018年9月10日 (月)

倉田真由美・斉藤孝『喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな!』

少し前のベストセラーに、『喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな!』がある。

良いタイトルだ。内容が想像しやすい。読んでから時間が経っているので、もう内容はうろ覚えだが。出版は倉田真由美さんがご結婚される前だろうか。

ところで、身体的な見地からはこうも言える。一緒にいて息の熱くならない男とはつきあうな。

先日、足裏マッサージの先生に連れられて、高校生の男の子二人がやって来た。整体のプライベートレッスンだった。

講座の内容は特に希望がない場合、相手に合わせる。年代的に健康問題に関心があるはずもない。例えば、腰痛の話に需要はない。そこで、上記の話をした。

実験もしてみた。最初に向かい合って息を吐く。その温度を掌で感じると冷たい。次に、手を繋いで室内を歩いて頂いた。再び向かい合って息を吐くと、今度は息が温かくなっている。

相性ばっちりですねと片付けたのだが、二人とも男の子だ。

息が合う、息が弾むという慣用句があるけれど、言葉以前の身体的な相性というものがあるという話だった。

2018年9月 4日 (火)

横山和正『沖縄空手の学び方』

『沖縄空手の学び方』を読んだ。アメリカで活躍している空手家の著作で、台湾への武術留学や沖縄での修行生活が紹介されている。

作中、本土と沖縄の稽古の仕方が異なるという記述が興味深かった。

型を打つにあたり、本土では最初に腰の使い方などのコンセプトを与えられるが、著者の沖縄の経験では、むしろ、速くとか強くとか、動きの具体的な質を問われる機会が多かったそうだ。

そうした稽古の繰り返しの中で、理論は内発的に表れるという趣旨の解説がされていた。中心軸や丹田といった様な体の感覚は確かにあるけれど、初心者にはあまり役には立たないとの指摘もあり、まったくその通りだなあと納得した。

最初から正解ありきで練習をすると、それ以外を取りこぼしやすい。出来ないことだらけなのだから、自分もそんな傲慢なことは止めて、基礎からやり直したい。

そういえば、整体の学習経験でも、本質主義的なアプローチは全て失敗している。知識という意味ではないが、最初は理論よりも、とにかく暗記だ。

ただし、人を動機付けるのは、そうしたロマンであったりもするので、その辺りの区別は必要かもしれない。教える側は人に教える為の方便で、しばしば必要条件を意図的に無視するのだが、習う側は真に受けない方が良い様な気もする。

それは空手に限らない、あらゆるジャンルに共通する話だが、何が足りないのかを考えて、自分を疑えというか。そんなことを考えさせられた本だった。

実は、刊行記念イベントに予約していたのだが、当日、著者の体調不良によって、イベントは中止。本年5月に惜しくも亡くなられている。ついに生で観ることが出来なかったのが、残念だ。

2018年9月 3日 (月)

ロマン

整体にはロマンがある。ユーザーが抱くかもしれないロマンだ。

例えば、泣いている赤ちゃんに触れた途端に泣き止んだら素敵なのだが、自分の場合、まったくそんな事実はないのであった。ギャン泣きする中、施術をすることもしばしば。

今日もそんなことがあった。双子の姉妹がお越しだ。一卵性である。お姉さんの方だと思い込んでみていたら、途中で妹さんだと気が付いた。

しかも、妹さんとは今日が初対面。施術途中で気が付いて、はじめましての挨拶をしてしまった。常になく慌てた。

背骨を見て気が付いたとかだったら格好良いのだが、髪型の違いで気が付いたのであった。いやあ、お姉さんとも一回お目にかかっただけだから、しょうがないと言い張っておこうか。

2018年9月 1日 (土)

近藤名奈『一流の人は、なぜ話し方よりも「声」を大切にするのか』

コールセンター勤務の方から、声が高いと成績が上がるという話を伺った。

じゃあ、自分はダメですねとお返事をしながら、最近、買った本を思い出した。

ヴォイス・トレーナーの先生が、楽器としての体のつくり方を書いている。ポイントは姿勢で、腹式呼吸などはその後で良いとのこと。

自分は声をテーマにしている訳ではないが、身体的なパフォーマスについてのその辺りの所見は同感。

方法論はキャッチーだけど、これさえやっておけば良いという、単純なマニュアル主義に堕しやすい。ディテールを取りこぼしやすいのだ。

むしろ、身体的なパフォーマンスの上達の為には、自分の身体を常にモニタリングする様な感覚が要る。

例えば、発声に限らない話だが、緊張すると、前のめりになってつま先立ちになりやすい。重心が浮いて、不安定になる訳だ。作中、踵重心が説かれているのだが、自分の重心をモニタリングしておくと、それは予防出来る。

方法よりも、自分の体に関心を持った方が効果がある。逆にいうと、それだけ、関心を持たない方が多い。まずは自分がどう立っているのかを観察してみると、関心が持ちやすいかもしれない。

骨盤ネジ締め

最近、気が付いたのだが、お尻が大きくなる系統の体の調整が下手かもしれない。

自分は骨盤が閉まる系統だから、弛めることばかりが得意だ。施術スタイルは、どうしても術者本人の体の制限を受けやすい。

改めて研究してみると、開いている骨盤をどうにかして閉める必要がある。骨盤が開いて落ちるものだから、体重は小指側に掛かる。

それで、膝が傷むというご相談も多い。それはまあ、O脚とX脚の違いであって、O脚は外側が痛むし、X脚は内側が痛む。閉まり過ぎても開き過ぎても痛む訳だが。

体重が小指側に掛かると、外踝に負担も掛かる。下部に硬結が浮くので、それを処理するのが手っ取り早い様だ。結構、痛いが、足の外側のライン全体が整う。骨盤が閉まって、皮膚にハリも出る。

踵もポイントで、足裏マッサージでそこが生殖器だというのもやってみるとよく分かる。内臓が引き締まると、自然と骨盤も閉って来る。

骨格矯正的に骨盤を閉めるのには限界があり、内臓の機能が良くないと、その効果が保たない。

その点、自己療法も求められる。やっている方のお体を拝見すると、骨盤底筋トレーニングの効果は高い。話を伺うと、かなりキツいそうだが。

2018年8月13日 (月)

筋肉痛

いやあ、筋肉痛がないのが素晴らしい。

先週は筋肉痛で苦しんでいた。先週の日曜に空手の稽古に出掛けたら、やたらに腕立て伏せをする日だった。250回ほどやったらダウンして、その後は筋肉痛だった。顔もまともに洗えない。

火曜日に佐々木先生の講座があったので、その後で施術をして頂いた。均整法でやって頂いたのだが、アプローチが整体とは異なるので、おもしろいものだ。擬音でいうと、コキコキ、パッパ、トントンという感じ。整体だとパタン、ギュッ、スポン、フーという感じか。お陰さまで五割くらいは取れた。

その後は活元運動を細々と続けてやり繰りした。しかし、不思議なもので、風邪の時などもそうだが、施術中は動ける。腹筋なども使えないので、重心を転がして動く様な感覚がある。それなりに良い訓練になったかもしれない。

そういえば、マラソンの後に来る様な方もちらほらなのだが、マラソンの後の足首は捻挫に近いものがある。それは筋肉の硬直を取り、拡がった関節を締めると、かなり良くなる。

人のはそんな感じなのだが、自分のは難しい。それはそういうものだ。

2018年8月 4日 (土)

心の叫び

香港は日本語だらけ。日本国内で広告に英語を多用する様な感覚で、日本語が出て来る。元々、漢字文化圏なので、それは平仮名が使われるという意味だが。ちなみに、漢字は繁体字が中心。中南海が台湾にこだわるのなら、簡体字にするべきではなかった。話が脱線した。

話者も多い。飲食店のメニューには日本語表記されているところも多いし、うっかりしたら英語で注文したのに、日本語の返事がある。

そういえば、どうして日本人だとバレるのだろうか。ネイザンロードでは、ニセモノドケイアルヨと10回以上は声を掛けられた。付いていくと、ロレックスの偽物を売りつけられるらしい。

決まってニセモノドケイアルヨだったのだが、最初、彼らにこのフレーズを教えた人は罪深い。ステキナトケイアリマスとか、もうちょっとマシな勧誘の言葉がありそうなものだ。一日中客引きをするのに、これでは成果が出るはずもない。

街は地下鉄が通っていて、PASMOと機能を等しくするオクトパスカードもあるので、ほとんど東京にいるのと変わらない感覚で過ごせる。

楽勝な旅だと高をくくっていたのだが、クレジットカードを吸われた。深夜、ビクトリアピーク前の中国銀行(香港)のATMで香港ドルを下ろそうとしたら、挿入したカードが戻って来なくなったのだ。

慌てて、道行く方に事情を説明して、ATM記載のセキュリティセンターに電話を掛けてもらったのだが、どうにもならず。

翌日、銀行に出掛けて、再度、事情を説明したのだが、お役所対応は変わらず。窓口でボスと話させてくれと絡んで、接触することは出来たのだが、セキュリティ会社の関係で開錠出来ない。後日、クレジットカードを日本に郵送するとの一点張りであった。I need Now!と叫んだとか、叫ばなかったとか。

調べてみると、中国銀行のATMの操作にはタイムリミットがあり、制限時間を越えるとカードを吸い込む仕組みがあるそうだ。取り忘れ防止の為だろうが、小さな親切、余計なお世話であった。

しかし、香港の住民はとても親切なので、好感を持った。

夏バテ

香港は何を食べても旨かった。

ミシュラン系のレストランには一度も行かずに、食堂を周った。ワンタン、路上のカステラ屋、モツ入りの麺類、飲茶、色々食べた。ココナッツ麺にマンゴーが載っている様なデザートも食べたが、あちらの方がマンゴ-の香りが強い。八百屋でドラゴンフルーツなども食べた。そういえば、ユンヨンといって、コーヒーと紅茶を混ぜたものを現地では飲むので、日本でもやってみたのだが、何か違う。

料理は豚骨ベースが多くて、ワカメスープを頼んでも豚骨なので笑った。ただ、豚骨ラーメンの様な脂っぽさはなく、サッパリはしている。あちらの料理のコクと旨みは脂のものだ。

食堂へ行くと、現地の人は朝からモツ入りの麺などを食べていて、元気だ。香港は暑くて湿気が強い。気候がハードなので、そのくらい食べないとやってられないのかもしれない。

日本も酷暑なのだが、食べないと持たない。東南アジアやインド辺りでは甘いものが好んで食べられる。熱中症には塩分だが、夏バテには糖分が効く。燃料で無理やりに体を動かす感じ。今日もモリバコーヒーで水にガムシロップを入れて飲んだら、一気に復活した。

身体的には、最近は反応が頭頂部に出ている人が多い。体が火照って、頭に触れると熱い人も多いのだが、頭頂部を押さえていると解熱して来る。ここは心の場所だ。胸が痛いというご相談も多いのだが、酷暑で負担が掛かっている。

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2018年7月31日 (火)

ブルース・リー

香港といえばブルース・リー、ブルース・リーといえば詠春拳だ。

そんな訳で、詠春拳の道場を訪ねて、見学させて頂いた。日本にいるうちにテンションを上げる為に、映画の『イップマン』を見ておいた。

本当に見学なので、放置プレイである。練習風景を眺めていたのだが、上手な人が2人いた。流石に速い。太極拳の推手の様な練習をしているのだが、速いリズムの中で正中線を取り合う。チーサオと言うらしい。

生徒が型を打っていたので、後ろに貼り付いて真似をしてみた。手首に力を通す動作が多いのだが、手首で速度を出す様に見えた。部屋に戻ってから、空手の型を手首を意識してやってみたら、やはり速くなった。もしかしたら、小念頭と転掌は似ているかもしれない。

うっかりすると手打ちになりそうなものだが、そうならない為の体の使い方をするのだろう。道場の壁に砂袋が吊るされていたので、突いてみたのだが、それは固いものだった。

生徒の型を先生が矯正する場面では、仙骨の辺りを後ろから押す光景をよく見かけた。腰が引けると、姿勢の要求を満たさないということなのだが、その辺りは万国共通だ。

手首の締め方が収穫だった。

2018年7月29日 (日)

呼吸活点

7月の香港は一番暑くて、一番安い。梅雨だから。

本来、香港の方が緯度が低いので暑いのだが、今年は日本が追い抜いた。ただ、湿気が凄くて、シャツが肌にまとわりつく様だ。それは日本の比ではないので、参った。幸いにして、雨にはほとんど降られなかったし、降ったとしてもスコールみたいな雨なので、すぐに止んだ。

二日目、フェリーでラマ島へ出掛けた。山道を歩くと、龍樹が成っていて、南国を感じた。食べたら、ライチに似た味がした。ラマ島では海水浴をしたのだが、日に焼け過ぎたのか、砂にかぶれたのか、足がただれたみたいになって、これまた参った。

体を調べたら、呼吸器がやられている。海水浴のせいにしてみたのだが、それはきっかけに過ぎなくて、湿気で呼吸器が働いていないのが本質的な原因だ。呼吸活点を押さえて、肺経を調整したら、スッーと湿疹が引いていくので興味深かった。

皮膚呼吸があるので、肌は基本的なカテゴリーとしては呼吸器になる。呼吸器を調整すると汗腺が開いて、湿疹は改善しやすい。日本でも、6月の終わりに湿疹のご相談が多かったが、それもリンパと呼吸器をやったら、成績が良かった。

重慶大夏

早めの夏休みにして、香港へ出掛けていた。

宿は尖沙咀の重慶大夏内のゲストハウスに取った。重慶大夏は九龍城解体以降、最大の悪所として知られるヒッピー、バックパッカーの聖地。ウォン・カーウァイが『恋する惑星』の舞台にしている。

実態は中野と大久保を合わせた様な一棟のビルだ。雑貨屋、インド料理屋、両替商のテナントがひしめいていて、やたらに多国籍。一度、エレベーターで降りる階を間違えたら、宗教の儀式をやっていた。やたらにアナーキー。

それにしても、流石である。予約した部屋が用意されていないではないか。南アフリカ出身だという黒人男性の受付に、重慶大夏内の別のゲストハウスへ案内をされた。ここを拠点にして、香港を周った。

重慶大夏は多国籍な香港を象徴している。東京も外国人が多くなったけれど、香港はその未来かもしれない。ちなみに、フィリピン人が一番多いそうだ。

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2018年7月13日 (金)

残心

先日、ペットボトルの中身をコップへ移して、こぼした。

そんなの何百回もやっている。だから?という話なのだが、こぼすのはコップへ注ぎ終えて、戻す時が多いよなあと、ふと思った。

注ぐ時には意識があるが、戻す時には意識がなくなりやすい。それで、他の動きもそうだよなあと木刀を振ってみたのだが、やはり戻す時に意識がない。

そこの部分を意識して振ったら、かつてなく綺麗に振れるので、良いことに気が付いた。あまり劇的な変化ではないけれど、この類のことは永続的に残るので、お得感がある。

観念的な様だけど、この類のことが、意外と自分のやることの格になる。むしろ、身体の工学的な動かし方を工夫することは、そこまで信じていないというか、実は効果に乏しいのではないかという気さえする。

施術でも、触れたところからパッと手を離して、意識を切らせるとそこには何も残らない。それを残せる様になると、かなり効きが違って来る。保ちが変わる。

2018年7月10日 (火)

臍下丹田

一昨夜は友達と、仲御徒町のヴェヌス サウス インディアン ダイニングでカレー。

当然、サッカーの話題になったのだが、そういえば、どのスポーツが好きですか?とお尋ね頂いた。

最近、見ていたのはコレ。いや、スポーツじゃないだろうという。

動画は正坐で座っている後ろから、竹刀で頭を叩いて、それを避けるという稽古。

人にタンスの突っ張り棒を持たせてやってみたのだが、後ろからは意外と気配が分かる。相手の腕が緊張しているだとか、胸が緊張しているだとか、身体的なプレッシャーは見ていなくとも感じやすい。

むしろ、難しいのは前からで、目が泳ぐというか、相手の動きにツラれてオタオタした。かなり成功率が低い。

立ち方が悪いのだろうと重心を落とす練習をしていたら、体型がすっかり元に戻ってしまった。どうしても下腹が出る。丹田だと主張しても、友達は誰も取り合ってくれないので悲しい。

しかし、腹に溜めるのは間違いであって、腹ではなくて足裏まで通す練習が要るのかもしれない。

2018年7月 6日 (金)

太極拳

太極拳というと、ゆっくり動くのが特徴。

最近、整体の生徒の方々にも、ゆっくり動くことを指導している。

リズムのある動き、速い動きをすると、自分の得意なところばかりが動くのだ。肩が力みやすい人は肩から動くし、首が緊張しやすい人は首ばかりが動く。骨盤の緊張しやすい人は、そっくり返って反り腰に。

ところが、ゆっくり動くと、体をムラなく動かしやすい。

力学のモデルとしては、テコの原理に終始する。理想的には、足が力点で、腰腹が支点、手が作用点となる。

腰腹を変に動かすと支点がズレて、テコが利かなくなる。だから、反り腰はダメ。体の使い方として腰を強調すると、反り腰を良い姿勢として勘違いしやすいので、指導者は注意が要る。

また、肩の力む人が一番多いが、その場合、肩が力点、肘が支点、掌が作用点となり、力量は小さくなる。

総論としては、足を使う訓練が重要。その為、訓練の初期段階においては、ゆっくり動くのが無難。

歩くペースなども、しばしば自分の呼吸とズレていたりする。それは、せっかちに過ぎるというもので。

噛合

ツタンカーメンの義母にして、3400年前のエジプトで絶世の美女と謳われたネフェルティティ様のお姿である。

ミイラから3Dで再生したというのだが、現代人にはどう見えるだろうか。少々、顎が張り過ぎて感じられるのではあるまいか。

固いものを食べる機会の減った現代人は、生まれつきの歯の数が減り、顎が退化してどんどん細くなっている。

ところで、歯並びや噛み合わせのご相談は多いのだが、この数ヶ月の研究の進捗で調整が本当に楽になった。

従来、頭蓋骨の歪みを取って、上下の噛合を合わせていたのだが、それは過去の方法になった。今では歯自体を動かせる様になったので、ものの数分で終わる。

現在は高齢者の腰痛に絡んで、仙骨の動かし方を再研究している。今のところ、保ちが悪いので、如何ともし難い。中年が腎だとしたら、高齢者は膀胱かなあという気もする。

シミは眼の下のものは評判が良いが、頬骨周辺のものが難しい。どうやら系統が違う様だ。これも要研究。肝斑が一番やりやすい。

首イボについては、もうメカニズムを理解したと言っても良いだろう。割と、成績が良い。

2018年7月 2日 (月)

ラーメン二郎

昨夜は佐々木先生に誘われて、目黒のラーメン二郎へ。

ジロリアンという言葉は知っていたが、初めて食べた。今更だが、味が濃く、脂が強く、麺は太く、量は多い。カウンターに並んだジロリアン達は黙々と食べ、帰って行った。ストイックにも見える、妙な店だ。

どうやら佐々木先生は、食べ切れないとか、吐くという光景をご期待されていた様なのだが、自分の方が早く食べ終えて、一足先に店を出た。

ご期待に添えませんでしたねとか、アレが食べられたら30代の胃袋だとか話しながら中目黒駅へ向かったのだが、途中で腹が痛くなって居酒屋の手洗いに駆け込むことになった。

居酒屋に落ち着き、突き出しのキャベツを掴まえて、キャベジンの由来はキャベツで消化剤になるから食べろと言うのだが、その姿は得意気であった。

日中、肩が痛いという方がいらして、胆嚢を押さえたら痛みが消えたので、脂物を避けてくださいとご案内をしたものだが、その夜にはこの始末。なかなかままならないものだ。

今朝起きたら、左頬に大きな吹き出物が出来ていた。とりあえず、胆嚢を押さえて、小さくしておいた。

2018年7月 1日 (日)

『安心』8月号

マキノ出版様刊行『安心』8月号に、粉瘤、吹き出物についての記事を書かせて頂きました。編集部の方にはお世話になりました。

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夏季休業のお知らせ

7月23日(月)~7月27日(金)まで夏季休業とさせて頂きます。7月28日(土)から営業しております。

2018年6月24日 (日)

ブラジリアン柔術

高校生の頃に和弓をやっていた。

弓には弦が張られているのだが、張りっぱなしだと弓が傷む。使わない時には弦は外すものだ。

ところで、テンションが過剰に高い人がいる。一見、元気。しかし、肩凝りはないけれど、偏頭痛にお悩みだといった類の話がとても多い。肩に触れると、カチカチに凝っていたりする。

テンションが高いと、疲れを自覚しにくいのだ。それは空元気というものであって、体からのサインには気がついた方が良い。肩凝りを感じるくらいで正常なのだ。

実際的な話であって、テンションが下がると、お酒や砂糖で無理やりにテンションを保とうとする方も多い。これもリスキーで、周期的に急性症状でダウンするという傾向が見受けられる。また、若い時に体力のあった方ほど、そうなりやすい。

自分などは低め安定の感あり、元気な時もないけれど、本当に参ることも少ない。上手なダウン。いっそブラジリアン柔術の心境である。

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