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自由が丘の整体院、浜田整体のBLOG。

2019年4月25日 (木)

呼吸器の強弱、この時期の火照り

サラリーマンとフリーランスの見分け方がある。

それは胸の緊張を見ると、見分けやすい。多くの場合、胸が緊張しているのがサラリーマンだ。

「胸が痛む」という慣用句の通り、感情的な我慢は胸に来る。息を詰めて我慢するのだ。フリーランスにはまた別の苦労があるけれど、それは今の話題ではない。

ところで、この数日、湿気が強くて、大げさに言うと梅雨みたいな天気だ。湿気があると息苦しいけれど、呼吸器の弱いタイプは我慢が利かなくなって、気分が落ち込んだり、元気な人だとキレる場合もある。

気温はそれほど高くもないのに、体が火照る人も多い。もう少し暑ければ、汗がしっかり出てスッキリもするのだが、中途半端なのだ。

これは除湿するだけで、かなり楽になる。季節外れだけど、手っ取り早いのはエアコンの除湿をつけることだ。それまでの気分の落ち込みが、急にバカらしくなるかもしれない。

やや雑だが、呼吸器の強弱を姿勢から見分ける方法。巻き肩だと呼吸器が働きにくいし、逆に、風船を抱く様なイメージで胸を広げると呼吸器が働きやすい。これは姿勢を真似すると、すぐに分かる。肩を前に巻いたまま深呼吸をしようとすれども、それは難しいはずだ。

2019年4月24日 (水)

釣り

昨日も神奈川へ魚釣りに出掛けた。

今回は堤防釣り。先週の船釣りでアジが大漁だったので、気分は海の男である。

しかし、釣りを舐めていた様だ。まったく釣れない。昼から晩までいて、小さなキス一匹が釣果。

その様子を憐れんで、隣で釣っていたベテランのオジサンが、カサゴとメジナをくれた。クロダイ以外は雑魚扱いで、眼中にないらしい。煮物と刺身にして食べたら、旨かった。少々の臭みはあるが、鮮度が別物。

今朝、起きたら、体が熱い。大自然のパワーだろうかと人に話したら、日焼けのせいじゃないですかというコメントがあった。

ところで、ウェスト部分に食欲を増進するツボがある。調整すると、自然、そうなるのだが、そのツボが張っている方には、食事量を増やすことをお薦めする場合がある。少々、エネルギー不足なので、質の良いタンンパク質を摂ると元気が出るかもしれない。

特に、産後のお母さんは、意識して食べる事が必要になる。出産それ自体も大変だが、授乳で栄養不足になる面がある。体力を維持する為に、沢山食べるのがお薦め。

ただし、卒乳の後には、注意が要る。授乳中と同じ調子で食べていると、あっという間に太ってしまう。切り替えも大事。

2019年4月22日 (月)

エウレカ!

エウレカ!

古代ギリシャのアルキメデスが、風呂に入って浮力に気がついた時に叫んだ言葉なのだそうな。見つけた!という意味らしい。

先日、いらしゃった学者の先生がエウレカ!と叫んでいて、おもしろかった。いや、実際に叫んでいた訳ではないが、なんだかそんなテンションだった。

よく分かる。整体を勉強していた頃は、ある種の研究者みたいな生活を送っていたので、エウレカ叫ぶことが多々あった。アレは量から生まれる。頭に知識をドブドブ詰め込んで、考え続けていると、ある日、突然に閃くのだ。脳内麻薬がドバドバ出る感じがする。

自身では、久しく経験ないのだが、それも如何なものだろうか。臨床と研究はやはり別物なのだ。臨床だけだと手馴れて安定はするが、劇的な変化は期待出来ない。手癖に実力が出るけれど、手癖でやっていると伸びない。

整体に研究が要るのか?というのが世間のイメージだろうが、膨大な資料を読み込むし、学問的な要素も強い。学んだ事をそのまま使えるのが、手技療法の楽しいところなので、損をしている気がして来た。

整理した方が良いのは、脊椎の転移の法則だろうか。

脊椎の凹凸、弾力性には、体の状態が現れる。例えば、冷えると腰椎1番が凸、4番が凹。いよいよ飲み過ぎると、腰椎1・2番が少し凸。老眼になると、腰椎1・2・3番は少し凹。打撲が残っていると胸椎7番に出て、骨折していると胸椎11番が凸。二度寝が多いと、頸椎6番は凸。風邪の前後には胸椎5番が凸。ただ、胸椎5番は肝機能とも関係があるらしく、普段から酒量の多い人の胸椎5番の凸は常態なので、生活を知らないと読み違えやすい。ほとんどモールス信号である。

地震の前には胸椎8番に変化が出るが、交通事故に遭った人の8番にも変化が出ている。心的側面からは、8番は臆病が出る骨だとも言われるが、恐怖心と関係するのだろうか。同時に、8番は血圧の働きをコントロールしている脊椎でもあって、その辺りの因果関係は現象を羅列して、解釈するしかない。ただ、解釈学みたいになると歪むので、事実の羅列の方が好みではある。

整体の疑似的な学問性を支えている部分なので、もうちょっと研究したら良い。正確には、研究というよりも調査か。とにかく量を集める必要がある。動物との比較とか。

『ケンカツ!』掲載

マキノ出版様が運営する『ケンカツ!』で、『安心』に掲載された過去記事が公開されました。関係者の方には、お世話になりました。

2019年4月20日 (土)

猫の施術

先日、猫の施術をした。

感覚的には、人の子どもを見るのと大差はない。

骨格を動かすテクニックを使う余地はなく、体のつかえている場所を見つけて、それを取ることに終始した。

手の感覚を鍛えると、体の中のつかえを感じる様になる。分かりやすいのは、眼球の固さ。疲れ目の人の頭に触れると、頭皮越しに眼球の固さを感じる。

慣れると、より速く、正確に把握出来る様になる。先日、切創の傷痕を見たが、皮下組織の5mmほど奥につかえがある。それを取ったら、まだ若い傷だったので、スーッと腫れが薄くなった。

初期訓練では、腕の無駄な力を抜くことが要求される。力んでいると自分の力がノイズになるので、細かいつかえ分からない。コツは少しのテンションを掛け続けることで、テンションを完全に抜くと分からなくなる。

2019年4月17日 (水)

アジ釣り

昨日は、神奈川へ釣りに出掛けた。昨年、舘山で釣りをして、初心者でも意外に釣れたので、またやりたかった。その時は堤防でカサゴを釣った。今回はアジの船釣り。

船長から、釣りのコツを伺った。撒き餌と釣り針の高さを合わせるのがコツなのだそうだ。せっかく撒き餌で魚を集めても、釣り針と高さが合っていないことが多いという話だった。上手い人はアタリが速いのが特徴らしい。コマセと釣り針の距離感を覚える為に、釣竿は水平にして基準点をつくると良いそうだ。

昼からなので期待もしていなかったのだが、蓋を開けてみたら、20匹ほどは釣れた。早朝組は120匹ほども釣った人もいたというから、少ない方なのだろう。

アジはフライが旨かった。釣りたての魚を食べたことはなかったので、少し驚いた。柔らかく、臭みがない。普段、食べているアジフライとは、まるで別物。

少々、日に焼けたので、仙骨を擦っておいた。仙椎2番を擦っておくと、日焼けが残りにくい。

2019年4月16日 (火)

水生類人猿説

最近、読んだ本。霊長類の中で、呼吸を意図的にコントロールする能力があるのは人類だけだという記述が興味深かった。

それで、水生類人猿説を連想した。これは栗本慎一郎氏の著作で知った。学説の詳細はうろ覚えだが、初期の人類は水辺で進化したというのが趣旨。

その根拠は、ゴリラやチンパンジーなどの他の霊長類と比較して人類の体毛の薄さ、腰椎に負担の掛かる直立2足歩行、指の間の水かきなどが、そうだったと記憶している。その真偽の解明は、今後の化石の発掘に期待したいところだが、話としては興味深い。

さて、水かきである。施術ではよく調整に用いられる。有名なのは、手の親指と人差し指の間にある合谷。整体の場合、三か所を使い分ける。一番親指寄りは頭の血行、真ん中は血圧、人差し指寄りは便秘の調整点。

効果が分かりやすいのは、便秘の調整点だろう。便秘の人はそこの水かきが分厚くなっているのだが、排便の瞬間につまんでいると、その厚みが薄くなる事が確認出来る。

便利なのは、足指の水かき。毎年、この時期、首の寝違えが増える。これは足指の水かきをつまんで強圧すると、アラ不思議、首は動く様になる。

2019年4月14日 (日)

無添加食品と健康

無添加食品が、健康にどの程度良いのかは知らない。自分では、その様な食生活は送っていないからだ。

ただ、無添加食品生活をされている方に対して、施術が効きやすいという事は言える。なんというか、濁りのない水の様に感じる。小さな刺激で、大きく変わる傾向がある。

逆に、味の濃いものばかりを食べていると、変わりにくくなる。なぜか感覚が鈍くなる。

だから、整体の勉強をしていて、感覚的なものが分からない人は、薄味にするだけでマシになるかもしれない。

そういえば、その点で言うと、肉食で体の感覚が鈍くなるという実感はない。ただ、肉を食べる際には塩と香辛料を使うので、結果は一緒かもしれない。

健康面からは、腸は香辛料に意外と弱いのも確かだ。例えば、大概の外食と惣菜の味付けは濃い。その主要な消費者であるところの一人暮らしの男性のお腹を見ると、お臍の周りが固くなっている事が多いのだ。

味付けの濃さには、バロメーターがある。体のキャパを越えていると、まず肌がベタついて来る。特に、耳の後ろ。エスカレートすると、足の裏が湿る様になる。それはちょっと薄味にした方が、体調も良くなるはずだ。

2019年4月12日 (金)

脂の過剰と不足

昨日は下高井戸へ出張。久しぶりに世田谷線に乗ると楽しい。

施術を終えて駅前に戻り、魚屋で生ガキ、八百屋でレモンを買った。西友で割り箸を入手して、そのままベンチで食べた。あまりに旨いので、追加でカキを買った。

そのまま日大の学食へ向かったのだが、春休みなのでメニューが少ない。唐揚げ丼を頼んだら、マヨネーズをトッピング出来るというので、それも頼んだ。

1時間くらいしたら、やたらにお腹がもたれるので、まさかカキか?という懸念を持ったのだが、今日になっても無事なので書いている。思わず脈を取ってしまった。中毒になると、独特の激しい脈になる。しかし、どうやらマヨネーズが重たかったらしい。ボリュームがあり、学生はそこで一日分食べるという感じなのだろう。

さて、悪いものを食べてお腹をくだすことがある。その場合、デトックスなので、出してしまった方が良い。

ただ、一応の止め方もあって、右足の脛の内側を強圧すると、大概は止まる。どういう時に使うのかというと、ストレス性の下痢だ。これは消耗して行くので止めた方が良い。ただ、ストレス源がなくならないと、繰り返しやすい。転職したり、離婚したりしないと無理かもしれない。書きっ放しで申し訳なのだが、本当にどうしようもないので、こちらとしてもやるせないのだ。

それはさておき、お腹の調子というと、意外と脂の影響も大きいものだ。人体には、脂に対してのキャパが少ないという印象がある。アルコールなどよりも、よっぽどそう。まあ、アルコールの場合、苦手な人は端から飲まない。

脂の摂り過ぎによって、今回の自分みたいにマヨネーズの掛け過ぎで気持ち悪くなったりする訳だが、腰痛の人のお腹を見たら、やたらに胆嚢が張っているなんてこともある。最近、揚げ物が多くないですかというやり取りが続く訳だが、脂は盲点になりやすい。また逆に、健康食に凝る人の脂不足もよく見掛ける。その場合、こう言ってはなんだけど、肌が画用紙の裏面みたいな質感になっている。体のキャパ内で、質の良い脂を摂ることをお薦めしたい。

2019年4月10日 (水)

自然治癒力

自分の体を調整する為に、珍しくまとまった時間を取った。

仕事で人を見るくらいの強度で調整をすると、さすがに効果が違うし、発見がある。

足裏のコリを取ると、かなり効くことを再確認した。腰がスッと伸びる。腎の疲労が抜けて、浮腫みが取れた。

脚の関節の動きを見ていくと、左股関節の可動が少し妙だった。更年期くらいから、股関節に負担の掛かる人がドッと増えるが、全身の疲労が皺寄せやすい場所だ。手技療法では、肘膝が難しいとよく言われるのだが、シビアなものだと股関節の方が難しいという感触がある。

しかし、部位にこだわるよりも、全体の底上げの方が重要だという事も再確認した。対症療法の限界がある。体を整えていくと、結果的に良くなるというのが本当。

その点、自然治癒力に注目する必要がある。自然治癒力とは何ぞや?という話なのだが、広い意味では、軽い擦り傷などがほっておいても良くなるのも自然治癒力。

そして、端的には、欲求それ自体が自然治癒力。妊婦の偏食はよく知られているが、その時に体に必要なものを自然と食べたくなる。殊更に、自然治癒力を強調するのは、頭ではなしに、体に任せてみても良いかもよという提案だったりもする。

最近、活元運動をまとまった時間やっているのだが、なんだか食欲がなくなってしまった。今は食べる必要はないし、食べない方が良いのだなと了解している。すると、かえって食べ物について書いてみたくなったりもするのだが、そんなものかもしれない。本当に食欲があるのであれば、書かずに食べる方に夢中になっているはずだ。

注意が要るのは、体の状態が良くないと、欲求にも鈍くなるところ。惰性で食べたり、寝たりしがちなのだが、体を整えることで、一度、それをリセットする結果になっている。

『ごちそうはバナナの葉の上に―南インド菜食料理紀行』 渡辺玲

最近、カレー屋の話をする機会が多い。

欧風カレーだと、荻窪のトマトが好きだ。たまに神田のボンディにも出掛ける。インド料理だと、最近まで近所の自由が丘インディアによく出掛けたのだが、二ヶ月ほど前に閉店した。正確には、屋号そのままにオーナーが変わった。武蔵小杉の本店、パンジャビダバは残っているので、既に二回ほど行っている。ここはビリヤニが絶品。

しかし、一番よく出掛けるのは、エリックサウスの八重洲店だろう。南インド料理のミールスが食べられる。ミールスは、何種類かの小鉢の料理を米に混ぜて食べるスタイル。味付けはサッパリしているが、塩甘酸の連続に味覚がものすごく刺激される。本来は菜食らしいのだが、マトンカレーもメニューにある様なノンベジとして、日本風にデフォルメされている。

さて、『ごちそうはバナナの葉の上に―南インド菜食料理紀行』を読んだ。作中、ミールスを食べる順番にマナーあるという記述があり、衝撃を受けた。曰く、最初は豆のダルカレー、次はダルと野菜を煮込んだサンバル、そして、スープのラッサムに進むのが、マナーなのだそうだ。ついでに、いつもそのまま食べていたヨーグルトも、本来はご飯に混ぜて食べる為のものだと知った。あんなにしょっちゅう出掛けていたのに、そんなマナーはちっとも知らずに食べていた。それを言うなら、右の手指で食べなさいという話になるのだが。 

この順番で食べると、もっと旨いのかもしれない。今度、試してみよう。

何でも順番は大切だ。整体の場合、人を見る時には、まず背骨を見る。背骨は内臓や身体の各部と繋がっているので、ここで身体の全体像を掴む。中間は頭や手足を見たりと様々だが、最期はお腹で締めるのが、整体の施術の一般的な流れ。鳩尾が弛み、臍下丹田に力が満ちていれば善しとする。

自分の場合、背骨の方に実感があるので、最期にもう一度、背骨を見たがるのが特徴。ただ、マナーというのは、形式というよりも実用であったりもする。最期に背骨を見ることで、施術がちょっとしつこくなっているなあと、近頃、感じなくもない。お腹で施術を終えるのは、やり過ぎを戒めているのかもしれない。

2019年4月 9日 (火)

令和

新元号は、万葉集から採ったという話である。

大和心とは、もののあはれであると説いたのは、江戸時代の国学者である本居宣長。

一方、これはあはれ。

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ゆうじ

先日、久しぶりに渋谷のゆうじに出掛けて来た。

相変わらず、変わった店だ。まず客層が変わっている。順番待ちの列を見て、劇団員の集団だと言われたら、あっさり信じてしまうだろう。

店内には、これまた妙な緊張感が漂う。店員は、焼肉道の求道者の如し。入り口でビニール袋を渡されるのだが、店内に煙が蔓延するので、荷物袋として使う。常連らしき人は、サングラスを掛けて肉を焼いていた。

どの肉も、そのまま生で食べられそうな鮮度だ。何を食べても旨いが、ここの牛筋カレーが好きな人も多い。

ところで、最近、ウチで裏メニュー化しているのは、歯の噛み合わせの調整だ。従来、歯については、手技では歯痛を止めるのが関の山とされて来たのだが、これはかなり実用的だ。歯茎が締まって、ギュッと歯が詰まった様な感触になる。カチカチと歯を合わせると、高い音がするくらいだ。

一年くらい掛けた研究の成果なので、ちょっとしたご自慢なのだ。

2019年4月 8日 (月)

宗旨替え

以前から、気功をやる人が疲れるので、一日に何人も見れないという話を聞いて違和感があった。そんなことないぞと。

しかし、それも宗旨替えかもしれない。どうにも一定人数を越えてから、疲れが抜けなくなった。普通に、過労じゃないのかという話もあるのだが。

それでも、手技で施術をしていると余裕なのだ。むしろ、運動量は増えるのだが、疲れない。

施術スタイルを変えることしばしば。半年間ほどは手技を控えめにして、手当療法に凝っていた。すると、ある日、ガス欠みたいになった。長距離を走った後みたいに急にバテたのだが、これは初めての経験だったのでおもしろかった。

気って減るのか?そんなことを考えたこともなかったので、衝撃だった。考えてみれば、若い頃は元気が余っていたし、見ている人数もそんなに多くなかった。

以来、手技と手当療法の比率のバランスに気を付けている。手当療法でしか良くならないものも多い。主には、場所の問題だ。眼球や頭蓋、胸郭は手当療法の方が良い。打撲の類もそう。

それはそれとして、体力というか、気力をつけ直す必要もある。見失いやすいところなのだが、仕事をすると経験にはなるけれど、それとは別に訓練も行う必要がある。基本的な訓練をやり直したい。

春の怪我

春になると、怪我のご相談が増える。不思議な話なのだが、毎年のことなので、もう驚かない。

また、エロスとタナトスとはよく言ったもので、エネルギーの余った、元気な人ほど怪我をしやすい様にも見える。

打撲をよく見たのだが、これには気功的な手法がよく効く。腫れが見る間に引いていくので、おもしろいものだ。

直後の打撲は過敏になっているので、普通の場所よりも、変化がしやすいくらいだ。初めは熱を持って感じられるが、それが涼しくなるまで続ける。

逆に、体に古い打撲が残っている場合があるが、それは鈍くなっているので変化がしにくい。そうした部位は体表に手をかざすと冷たく感じられる。そうした部位を見つけて調整をすると、何年も前の打撲の後が痛んで来る事がある。所謂、好転反応の一種。古傷は、筋組織が硬直して働きが鈍くなっているのだが、反応の後には硬直が弛んで、筋肉や関節の動きは回復して行く。

準備として、坐骨の角に浮いた、ギョロとも業界で呼ばれる脂状の塊を刺激すると、古い打撲が浮いてきやすい。メカニズムは謎だが。

それにしても、今年の春は特に症状が派手だ。眩暈、偏頭痛、怪我、アトピーの悪化とメンタルの落ち込みも目立つ。桜の散る頃には、落ち着くだろうか。

2019年4月 1日 (月)

四季整体

生徒が開業するそうな

元々、彼女は、カイロ系の店舗に何年も務めていて、とうとう自分の場を持つ様になった。

ウチに最初に訪ねて来たのは、もう10年くらい前だろうか。その間もずっと手技を仕事として続けている。勉強に来ると、施術上の質問に熱心だ。縁あって整体を教えさせて頂いたが、カイロ系の手技も学んでいる。人柄的には、思ったことがすぐに口に出る様な裏表を感じさせない素直なタイプ、として感じる。

紹介するつもりで書いているのだが、上手く言葉が出て来ない。とにかく丁寧に教えて、熱心に学んだ。成功を祈る。そのうちに、銀座のアスターに連れて行って頂きたい。

2019年3月30日 (土)

息を姿に現す

手技と気功的な訓練は、分けて習うのだが、だんだんと合流して来る。これが、おもしろい。

跨ぎの型なども、密度のある動きを心掛けていると、感応によって、手で触らなくとも、跨ぐだけで脊椎が変化する様になる。

転じて、フーハーと息するのが、気ではないという事が察せられる。その息を動的に、型として表現する様になる。息を姿に現す。

自分は吸気が得意で、動きもフニャフニャと柔らかい。その点、エネルギー余りの実症の人が来ると、本当に上手だよね。自画自賛してしまう。エネルギーが抜けるから、スッキリするだけなのだが。

一方、虚症はどうなんだという話もあるのだが、それも得意になりつつある。柔らかさの中に剛を持つというのが、整体の型におけるテーマ。

復活

脚の力を抜いて、足裏を意識する様になったら、かなり体の使い方が変わった。

腰腹を支点にしなくなったので、体感的に楽だ。背中も、急に柔らかくなった。一方、足指の固定力の要求が増して感じられる。

これまでは引手で動かすというか、骨盤の横回転で運動を処理していたのだが、骨盤の縦回転の運動がスムーズになった。背中にスッと力が通るのを感じる。苦手だったセイサンが楽しい。

姿勢を低くして、重心を落とすスタイルだったのだが、そこまで姿勢を低くしなくとも、動けるではないか。フットワークが使える。もう少し、上達出来る様な気がして来た。

最近、体調も良くなったので、やたらに動きたいし、書きたくなっている。ココログの復旧も順調で、スタッフはお疲れさんという感じ。

床屋政談、或いは人相学的な何か

志らくの湯への道すがら、神奈川県知事選のポスターを見た。

見ながら、ボンヤリ思ったのだが、どうして政党を確認しなくとも、顔で政党の見当がついてしまうのか。もしかしたら、この辺りが、日本の政治の貧しさなのかもしれない。

そういえば、野田元首相の在任中、自民党みたいな顔をしていますけど、民主党員ですという冗談を飛ばして、これはおもしろいと感心したことを思い出す。確かに、顔に出るのだ。

一方、共産党の候補者は、三種ばかりだ。宮本顕治からして、三種に八種が混じったみたいな外見をしている。野坂三参は二種九種混じりか。維新の党とか、エグザイルトライブみたいだし。なんかみんな眉毛が細くて鋭角なのだ。

なんというか、懐の狭さというか、パターンの少なさを感じなくもない。政治家は、裏表があった方が良いし、政党には色んな人材が集まった方が良いのではないか。

宇多田ヒカル『あなた』

先日、お越しになられた方から、ここで甲状腺も良くなったという話を伺ったのだが、そんなことはすっかり忘れていた。

あれは978操法をガンガンやったのだったか。臨床記録をまともに取っていないので、勿体ないかもしれない。似た様な話がいっぱいあって、人に言われて思い出すことも、思い出せないことも多い。

定石として整理するよりも、体を調べて、必要な調整を見つけ出す能力を重視している。

今週の研究会では、人の動きのイントネーションを見るという訓練を行った。人それぞれに力む癖があるので、肩が力む人は肩で風切るみたいに歩くし、うつ伏せになる時にも肩から床に近づくみたいな動きになる。首が力む人は、立ち上がる時も首から動くし、どの様な動きをしてもそう。

観察は、目で見つけるのが一番早い。昔は目で見つけるのが苦手だったのだが、仕事をしているうちに自然と見える様になった。訓練もしやすい。歩いている人をひたすら眺めていたら、目が慣れる。

ただ、見落としも出やすいので、手で調べる検査も省略は出来ない。一方、手で調べると正確だが、時間が掛かるという欠点がある。視覚的な観察と触覚的な観察を上手く組み合わせる必要がある。

人に教えておもしろいのは、人によって、感覚の得意不得意があるところだ。世界を視覚的に捉えるのか、触覚的に捉えるのか、いずれにせよ、同じ様に捉えてはいない。

観察には、声のハウリングで見つけるなんて方法もある。基本的に、声は、力んでいるところでハウリングさせるのだ。例えば、胃の悪い人は、胃にハウリングをさせて発声する。

特徴的なのは宇多田ヒカルで、あの高音は眼球にハウリングさせている様に聴こえる。以前は両目だったが、『あなた』のPVを聴くと、右目のハウリングを感じる。若い頃の宇多田ヒカルは、聴くと頭が緊張するので苦手だったのだが、これは好きだな。

噛み合わせ

先々週、帰省して、祖母の見舞いに行って来た。

体を見ようとしたのだが、モゴモゴして嫌がる。まあ、相手からしたら、知らないオッサンに触れられる様なものだろう。

もう右も左も、自分のことすら分からなくなっているが、そういえば、昔から身体的な接触を嫌がるタイプだった。目を合わせると逸らす。元気な頃から、まともに施術をしたこともなかった。

それでも、顎がズレていたので、歯の噛み合わせの調整だけはやっておいた。感想もないので、張り合いはなく、自己満足の世界ではある。

最近、歯の噛み合わせの調整に凝っている。顎のズレと頚椎の上の方の硬直を取るのに便利だ。

普段から、小首を傾げたみたいな姿勢の人がいるけれど、左右の片側だけが噛みやすいと、噛みやすい側に首が傾くので、それは噛み合わせが原因かもしれない。意外と簡単に良くなるものも多いので、歯を削るのが勿体ない場合がある。

wordpress

体の使い方を工夫していて、梃子の原理をモデルとして、脚が力点、腰腹が支点、腕が作用点というのが、私的なドグマだった。

それで威力はだんだん上がって来た。突いたら人が飛んでいくので得意になっていたのだが、そのうちに脚の各関節が痛み出した。使うところに負担が掛かる。まあ、そりゃそうだという話ではある。

どうしたもんだろうかと考えていたのだが、ああ、力点は地面かなと発想を変えた。地面が力点、足の裏が支点で、体全体が作用点。

木刀を振ったら、かつてなくブレが小さいので、これは良いかもしれないと、現実逃避をしている。

本当はホームページを作り直さないといけないのだが、腰が重いのであった。

先日、高田馬場のとん太で久しぶりにヒレカツを食べながら、人とそんな話をしていたら、wordpressを薦められた。wixやjimdoで良いんじゃないかという意見もあるのだが、ドメインを変えたくない。業者に頼んだらとも言われたのだが、気に食わなくて自分で作り直すのが目に見えている。そんな訳で、勉強をしないといけない。

2019年3月28日 (木)

本質主義と細部

ツラツラと考えていたのだが、本質主義になり過ぎると、細部を取りこぼしやすい。

セミナービジネスのダメなところで、そんなところで学習しても、中間がないので使いものにはならない。試行錯誤なしに、果実だけを得ようとしても、無理がある。

一方、細部にこだわり過ぎると、専門バカというか、まったく応用の利かない代物になる。その言語は、インナーサークルでしか通用しないのだ。

本質主義には欲が、細部には愛が宿る様な気がする。どちらも必要で、バランスが重要なのではあるまいか。いや、ジャンル自体への愛がないと、細部には目がいかない。良い意味で、部外者にはどうでも良い様な細部の違いを気にするのは、そのジャンルのオタクだけだ。

自分はどうだろうかと省みると、近頃、愛が圧倒的に足りない。ユーザー視点がなさ過ぎなのであって、もうちょっと身近なものにしたい。というよりも、もう少し他人の活動に興味を持つべきだろう。

2019年3月27日 (水)

花粉症の話再び

花粉症の方から、水を沢山お飲みになられて、お腹がくだったら、鼻水が劇的に減ったというお話を伺った。

お体を拝見したら、リンパの張りが取れていて、確かに、変わっていた。

春はデトックスの季節だと言われている。人間も哺乳動物なので、冬の間に寒さに備える為に脂を溜め込む。春になると、それを捨てる。

よく春の七草などと言うけれど、あれはある種の下剤でもある。冬眠から覚めた熊はコブシの花を食べるそうな。デトックスを促進する為に、苦いものを食べると良いという話。

さて、花粉症の症状も排泄障害と見ている訳である。日本ではスギ花粉のせいにされているのだが、もしかしたら、濡れ衣かもしれない。また、その真偽は置くにしても、排泄の系統にアプローチすることで、花粉症の軽症化を狙える。

一番手っ取り早いのは断食。やり方としては、24時間しっかり抜く。朝抜いて、昼食べて、夜抜いてみたいなのは、あまり効果がない。断食中も、水は沢山飲む。お茶ではなくて水。断食明けの最初の食事の後に水下痢をしたというご報告を受ける機会が多い。その後で楽になった、とも。

本当は1月下旬くらいから、週1ペースで2、3回やると効果的。

断食が出来ないという場合でも、香辛料の類は避けるのが無難。この時期に摂ると、花粉症の症状は悪化しやすい。

あとは、あんまり並べると神経質だけど、眼を休めるのも大事。眼精疲労をきっかけにして、自律神経をおかしくしている方が多過ぎる。これもまた花粉症が悪化しやすい。

提案営業

最近、美容の施術のご相談で、むしろ、こうしましょうという類のご提案が増えた。

パーツにこだわる方が多いのだが、自分から見ると、パーツの問題ではない事も多いのだ。

前提として、美容整形ではないのだ。パーツ自体にアプローチする訳でもない。それよりは、本人の体に歪みがある場合、その歪みの分だけは伸び代もある。

例えば、本人は鼻の高さを気にしているんだけど、むしろ、顎の位置が悪いから、顔の立体感がなくなって見えるみたいな話。噛み合わせを調整したら、鼻が高く見える様になったりする。

美容の施術もしばらく続けて、だんだん普段の施術との違いがなくなりつつある。言われるがままにやっても、あまり結果はついて来ないという点では同じ。頑固職人ぶっている訳でもなくて、判断が必要。

ただ、美容の施術の場合、症状の改善よりも、身体に対して具体的な希望をお持ちになっている傾向が強いので、その辺りのすり合わせがかなり重要になる。

キャッチボールの精度が要求される訳だが、それは美容院と同じかもしれない。例えば、綺麗にしてくださいといった依頼があったとしても、そのまま施術を進めてはいけない。そのままでは、抽象的過ぎるので具体的なところに落とし込まないと、ゴールを決めないまま走る様なものだ。

施術としては、身体の左右のシンメトリーを調整するのが基本。顔の造作については、Eラインを揃えるのが無難。逆に、芸能人の誰それみたいにというのは、苦手というか、技術的に不可能。ただ、その人の伸び代はちゃんと綺麗になる。

体の知

先月から体調がイマイチだったので、自分に施術をしていたのだが、効果はなんだかイマイチ。

自分を見るのは難しい。観測自体が量子論的に影響を与えるので、自分を客観的に見るのは難しいのだ。

うそぶいてみたのだが、まあ、嘘だ。そんな高尚な話ではなくて、端的に、背中には手が届かない。

それで、活元運動をやったら、すっかり良くなった。腰や股関節、足首の違和感が取れなかったのだが、あっさりそれが取れたので、拍子抜けした。

体の動きに身を任せる体操なのだが、体の捻れを取る動きが沢山出て、背中が伸びた。なんというか、頭の知よりも、体の知を説くジャンルではあるのだが、それを実感した。

体は複雑系なので、そこで起こっていることの全てを把握出来るという観念は、錯覚かもしれない。体をコントロールする欲求をその持ち主は抱きやすく、また、施術家は尚更にその欲求が強いのだが、残念ながら、そんなに便利ではない。

普段の施術においても、妊婦と子どもを調整する様なバランスで他の人の施術も行うと、丁度、良いバランスになるのだろう。妊婦と子どもに対しては、テクニックはほとんど使わないし、使えない。普段の施術でも、もう少し、相手のリソースを活用する視点が必要かもしれない。

しかし、そう言ったところで、シビアな体調の人を見ると、どうしてもテクニックに頼ることになる。数年、仕事をして来て、施術家にとっての理想と現実の間で右往左往している様な気がする。大概に、一元論になるのが間違いの元であって、両方要るで話は終了してしまう訳だが。

むしろ、料理的に言うと、素材の扱い方の問題。生か焼くか、煮るのが良いのか、揚げるのか。それを見定めろという話でしかない。

2019年3月26日 (火)

ココログのリニューワル

3/19にココログがリニューアル。

実は、ユーザーの間では、これがかなりの不評。リニューワルと言われている。

私的なマイナス点として大きいのは、以下の4点。

①そもそも、サーバーの負荷によってログインが出来ない状態が続いている。

②広告を消す為に有料版を契約しているにも関わらず、広告枠が拡大した。(スマフォ版)

③スマフォ版の仕様が拙い。また、リニューアル後はスマフォからのPC版の閲覧が出来なくなった。

③管理画面の操作性が落ちた。

ココログは、もう10年ばかり使っている。出来れば、このまま使い続けたいので、しばらくは様子見。改善の兆候がなければ、年々、機能も減っているので、潮時かもしれない。

ついでに、さすがにホームページの耐久年数が過ぎた。Kompozerというふた昔前のソフトで作ったものなのだが、凝り性なのでいじくり倒したものだ。これも思い出深い。しかし、googleで検索しても出て来ないと、クライアントの方から指摘される状態である。これも時期か。

なぜか、パソコンに弱いみたいに受け取られることが多いのだが、実際にはそうでもない。むしろ、苦手なのは、自動車の運転。

2019年3月16日 (土)

休会のお知らせ

3月21日(木)の研究会はお休みにさせて頂きます。よろしくお願い致します。

2019年3月11日 (月)

学びて思わざればすなわち罔(くら)し、思いて学ばざればすなわち殆(あやう)し

修業時代のある時から、決心して、整体関係の本は読まない事にした。

なんというか、例えば、アルバイトの一人も雇ったことがないのにマネージメントの本などを読んでも、頭でっかちに過ぎるのではあるまいか。徒に本を読んでも、飴をしゃぶるのと何が違うのか。整体について、自分がそうなっているなあという反省があったのだ。知識は増えたが、それが恥ずかしくなった。

幸いにして、ジャンルの特性として、一次資料に触れる機会には事欠かない。要するに、身体だ。本よりも、自分と人の体に学ぶことした。

それまでは具体的な知識を求めていたのだが、それからはもっと抽象的な組み立て方に関心を持つ様になった。それでやって来たし、得る物も多かった。

ただ、同時に、それは近視眼的な考え方の狭さを招く危険もある。というか、二千五百年以上も前に、孔子が良い事言ってる。

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