信用
古い指導者に操法を受けていたという方から、操法を受けたいという連絡を時々受ける。整体操法に信用があるから、僕に連絡して来るのだ。僕の代でその信用を落とす訳にはいかない。
研究会の入会金を上げた。整体操法に関しては、高い入会金を払ってでも学びたいという本気の人にだけ教えたいと思うようになった。
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古い指導者に操法を受けていたという方から、操法を受けたいという連絡を時々受ける。整体操法に信用があるから、僕に連絡して来るのだ。僕の代でその信用を落とす訳にはいかない。
研究会の入会金を上げた。整体操法に関しては、高い入会金を払ってでも学びたいという本気の人にだけ教えたいと思うようになった。
一年経つのが早い。来年の手帳を買った。5年以上、サンノーアルファウィークリーのB6判を使っている。僕は手帳に色々と書き込むので、見開きの片面が白紙のこの手帳が使いやすいのだ。
野口整体に興味があるからアルバイトをしたいと電話をくれた人がいるのだが、募集してはいないのだ。ごめんよ。連絡先を聞かなかったが、お時間のある時に整体教室に遊びに来てほしい。
整体では氣を通す事を愉氣と呼ぶ。お腹が痛い時に手を当てることは誰でもやっているが、それは弱いところをかばうという人間に備わった本能だ。気分の悪くなった人の背中をさする様な光景は日常に見られるものだが、そうした本能は他者にも働く。氣というと、何かエネルギー的なものを伝えていると考えがちだが、お互いがかばい合う関係性に氣の本質はある。
整体で氣を通す時は、相手にはうつ伏せになってもらうのが基本だ。この時に両腕は脇に置く。この無防備な姿勢は相手に身を任せるという信頼関係抜きには考えられない。整体に絡めてコミュニケーション論が語られる事があるが、そうした面が確かにある。
整体教室は来月から平日にも行なう事にした。僕は整体に惚れ込んでやっているから、とにかくファンを増やしたいという思いがある。
野口晴哉という名前だけで人が興味を持つ時代ではない。整体というメソッド自体を分かりやすく伝えたい。
11月29日(土) 13:00~14:30 「基本」
12月03日(水) 13:00~14:30 「基本」
12月03日(水) 19:30~21:00 「基本」
12月06日(土) 13:00~14:30 「活元運動」
12月10日(水) 13:00~14:30 「基本」
12月10日(水) 19:30~21:00 「基本」
12月17日(水) 13:00~14:30 「応用」
12月17日(水) 19:30~21:00 「応用」
12月23日(火・祝) 13:00~14:30 「応用」
寒い中、整体教室に来て頂いた方には感謝している。楽しんで頂けたのなら幸いだ。今日はこの寒い季節に合わせた愉氣を行なった。何でもない事だが、知っておくと便利な事というのが整体には多い。冷えた体が中から温まるのだ。
参加者から活元運動をやってみたいという声があるので、機会をつくりたい。
背骨を観ると硬直したところがある。そうした場所を弛める事で体は元気になる。メカニズム自体は単純なものだ。テクニックよりもまず目の前の体を観る事だ。これは自分の為の記録だ。
最近は技を殺すというのがテーマだ。テクニックを知り過ぎると、肝心の人間の体が分からなくなる。勉強していた頃はテクニックばかりを求めていたものだが、身についてしまうとそれが案外役に立たないものだという事が分かった。
体には環境に応じて変化をしていく仕組みがある。食べ過ぎれば下痢をして過剰な栄養を排泄するし、夏には汗をかいて冷やす事で体を守るとする。そうした自然良能の働きに目を向ける事を整体では提案している。テクニックではないのだ。
人から借りたカイロの本を読んでいる。脊椎のズレを問題としたサブラクセーション理論から、脊椎の可動性を問題としたフィクセーション理論に至るまでの治療モデルの変遷が興味深かった。手技にはなぜ治るのかという治療モデルが必要だ。
野口整体の場合、古くから脊椎の可動性を問題にするあたりフィクセーション的だといえる。その上で、脊椎の両脇を一側、二側、三側と呼んで重要視するところに特色がある。
一側には神経的な問題。二側には姿勢の問題。三側には体の中の異常が表れるというのが一応の目安だ。食いすぎると胸椎八九十の左三側は盛り上がるし、酒など飲み過ぎると胸椎九番のやはり三側に脂状の硬結が浮いてくる。二側はほぼ脊椎両脇の起立筋の事を指していると考えてよい。一側には心の問題が現れるというのだが、一側が野口整体の核心部分だといえる。
心理的な問題が脊椎に現れるという思想が野口思想の白眉といえるだろう。心理的な抑圧は胸椎三番に現れる事やその事と喘息の関係など、初めて野口氏の著作を読んだ時は目が開かれる思いがしたものだ。その疑似科学性にも関わらず、野口氏の著作に説得力があるのはそのデティールと圧倒的な情報量による。
それは今後の僕の課題でもある。岡島氏の成功も、宝島社から出ている自分でできる元気生活シリーズが決定づけたのではないか。こうすればよくなるという情報の羅列が評価されたのだ。やはり一般書を書かないと駄目か。
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体のゆがみを治す!魔法の骨盤ダイエット [宝島社文庫] (宝島社文庫 F お 3-1)
著者:岡島瑞徳 |
整体というのは結局のところ、ライフスタイルだ。ロハスという便利な言葉があるが、ああいうのと相性がよい。整体協会というのも、アーミッシュの様な文化集団に近いものだ。風邪が健康に良いという価値観や細かい生活習慣など、端的に奇妙なところが多い。
よく野口整体でございますと看板に掲げているところがあるが、僕からすると、生活習慣なしにやっているそれはコスプレめいて見える。喩えて言うなら、外人が侍の恰好をしている様なものだ。
でも、知らない人間から見ると、そちらの方がまともに見えるはずだ。真性の整体はナチュラルに変だから、異様に写るのだ。これは僕の今後の課題だ。
訪ねて来た鍼灸師の方が、カイロプラクティックは背中の柔らかい西洋人には使えるだろうが、背中の硬い日本人にはたして向いているのだろうかという事をおっしゃっていて、興味深く聞いた。僕は西洋人の背中に触れた事がないから、それは分からないが、日本でカイロをするなら、それは日本人に合わせたカイロになる筈だと思う。
別の方から整体操法の技術的な長所はなんですかと尋ねられる機会があったのだが、その時にこの話を思い出した。整体操法は日本で生まれ、日本人の体に合う様に育まれて来た技術だ。日本人に合うというのがその答えだ。この話はちょっと続く。
整体教室は来月から男女で日程・時間を分ける事を検討している。女性が男性と組むのを嫌がるのは分かるし、男性と女性とでは求めているものが異なるからだ。
急に冷えたが、同時に乾燥が強くなった。肌も乾燥して荒れやすくなるが、この時期は体が水分不足になりやすい。すると屁がよく出る。水分が足りなくなると、食ったものがこなれなくなるので、屁が溜りやすくなるのだ。この時期の健康法は水を多めに飲む事だ。屁も減るだろう。
健康法は難しい。バナナダイエットが記憶に新しいが、去年は納豆が流行った。十年、二十年のスパンで見れば、体に良いとされていた牛乳が、最近では有害論が言われる様になっている。水を飲む事を薦めると、腹がたぷたぷになるまで飲む人が必ず出て来るが、度合と時期はある。一番の健康法は、健康法に耳を貸さない事かもしれない。
急に寒くなった。コートを出して来ないといけない。今年になってから大分痩せたので、サイズが合うか気がかりだ。
空手の練習に行ってきた。今日は投げ技の練習を集中的にやった。全部突きの応用だという事は分った。練習している空手は胸部のしなりを動力にする発想がある。胸部のしなりで突けば威力もスピードも出る。しならせてゆませたところが投げるタイミングだ。
整体操法の体術にも腰のしなりを動力にする発想がある。日本的な稽古事はよく腰で動けと指導されるが、それは別に観念的な意味ではない。具体的な指示だ。背骨に弾力があって、背中が反れる様でないと使えないだろうな。特に僕のスタイルはそうだ。
体をつくらなければ技術は使えない。跨ぎの型を指導していて、会員が内転筋が痛いと言うので、力の抜き方を覚えれば出来ると指導した。それはスクワット的に筋力を鍛えても出来る様にならないという意味だったのだが、後で本当にそうかなと考えた。俺の体もかなりガッシリしている方だ。筋トレする指導者なぞ聞いたこともないが、どうしたもんだろうか。
今年は秋刀魚が安くて旨い。スーパーで秋刀魚の鮨を買ってよく食べる。
TBSストリームで勝谷誠彦さんが、オバマ氏の当選に関して、あの演説のうまさはヒトラーを彷彿させると発言していたのを聞いて大笑いした。発言ではなく勝谷さんがおもしろかったのだ。ブッシュ氏の在任時はカウボーイ気取りだと批判していたものだが、辛口コラムニストという肩書きをまっとうするのも大変だね。
最近、施術をしていての感想。体が柔らかい事が尊ばれる風潮があるし、僕も硬いよりは柔らかい方がよいとは思うのだが、関節が柔らか過ぎるのは健康にはよくないのかもしれない。足首が妙に柔らかい人に話を聞いてみると、捻挫が癖になっているという場合がある。
岡島瑞徳さんが亡くなられて、彼の会も今月で閉会するらしい。毀誉褒貶ある人ではあったが、整体を広く世に知らしめたという意味で、整体の中興の祖といえるだろう。惜しい人を亡くした。
岡島さんのところに居たという人もときどき僕のところに訪ねて来る。整体に興味があるという人を増やすのが目的だから、組織の違いはどうでもいい。狭い世界だ。僕は整体操法に興味があるというだけで同志だと思っている。
セミナーは定員が近いので、参加を検討されている方は急がれた方がいい。整体操法の基本から応用まで、一日で可能な限り詰め込む心算だ。
井本邦昭さんのところで学ばれたという方が、僕のところによく訪ねてくる。整体協会とどう違うのかと必ず訊かれるのだが、本くらいは読んでいるので、一応それらしい事は言うのだが、技術をよく知らないので正確には答えられない。僕自身は、整体操法の近代化を行なった井本さんを尊敬している。
先日、いらっしゃった方は型は違うのかという事を気にされていたが、違うんだろうと思う。少なくとも、片膝を立てて腰を浮かせる様な型を僕は知らない。多分、井本さんがご自分で工夫されたのだろう。跨ぎなどを見せてもらっても、指導されているニュアンスが若干異なる様だ。
しかし習う人は気になるのだろうが、そこに本質はない。整体操法として守るべき最低限の様式はあるだろうが、後はどんどん自分が使いやすい様に変えればいいのだ。人の真似をしても、上達はしない。前提となっている体や性格が違うから、同じ事をやってみろと言ったところで出来っこないからだ。
例えば、師匠が相手の体に近い位置に構えているからといって、手足の長い人が、同じ位置取りを真似してみても、自分の手足の長さを持て余すだけだ。うまくいかないのは、個体差を無視してかかるからだ。
何々先生はこう言っていたと他人の話を振り回す人がよくいるが、基本的に他の人の工夫というのは自分には使えないものだと見切っていい。名人に二代目なしというのは、その結果だ。実際には自分の創意工夫しか頼れるものはない。
11月10日(月)19:00~
11月11日(火)19:00~
11月12日(水)19:00~
11月13日(木)19:00~
11月14日(金)19:00~
11月15日(土)10:00~
11月16日(日)10;00~
都合をみて上記に追加。
ハイヒールは止めた方がいいですかと、よく相談される。お洒落と実用性はアンビバレントなものだ。確かに体への影響を考えると、ハイヒールはお薦め出来ない。
整体的には、ハイヒールを履く事でアキレス腱が縮みやすくなるのが一番心配だ。アキレス腱は精神の緊張と関係があるから、精神的に緊張しやすくなるかもしれない。
履いてみて、腰に不必要な緊張が走る様なら、それは高さに無理があるのだろう。
それでも相談には、それほどひどい体の状態でなければ「でも、お洒落したいでしょ?」と答える事が多い。整体を受ける事で、少しだけ無理が出来る様になればよいと思っているのだ。
骨盤ダイエットが流行っているが、無闇に骨盤を締めるのはお薦め出来ない。健康上の悪影響が予想されるからだ。実際のところ、生理痛が大変だという女性には、骨盤の締まり過ぎた体形の方が多い。
腰を細くしたいのなら、お腹の側面の皮を引っ張る様にするとよい。その後、後ろを振り向く様に腰を捻っておけばよい。結構細くなるから驚くと思う。回数や程度は気持ちのよい範囲でやる事だ。無理はいけない。
スラッとしたモデル体形の人でも、背骨にはかなり疲れが出ているという場合が多い。体形を維持する為の負担が大きいのだ。ダイエットにかける女性の努力には頭が下がるが、男は案外、ぽっちゃりした女性が好みだったりする。汝、自身を愛せよ。
女の人にこういう事を言うと、なぜか怒られるんだけどね。
お客さんにホームページの字が見にくいとのご指摘を頂いた。僕は楷書を偏愛していたのだが、そういう声が多い。明朝に変えよう。
昔からちまちました事に凝るのが好きだ。学校の美術の時間などは、他の生徒が一枚絵を書く間に三枚は書いた。正確にいうと、気に食わなくなったら破り捨てて書き直していたのだ。
晩飯はパスタだ。都立大学に「ポポラマーマ」というパスタ屋がある。生パスタを食わす店でよく食べに行く。自由が丘にはパスタ屋が多いのだが、安くてうまいので一駅歩いてわざわざ食べに行くのだ。
犬に吠えられないというのが、最近のテーマだ。犬に警戒される様な雰囲気は歓迎出来ないからだ。さる武道家が、掌を広げると、餌もないのに雀が止まると伝え聞いた。ホンマかいなとは思ったが、その話に刺激を受けて、朝に散歩をしながら犬を相手に頑張っている。
人間には氣があるから、その氣に惹かれる様な人が自然と集まって来るものだ。犬も食わない様なのは駄目だ。
ポルノ作家には童貞が多いそうだ。編集者は作家に性体験をさせない様に気をつけるとも聞く。経験ないが故にイマジネーションの翼が羽ばたくのであろう。
野口整体にはマニアが一定数存在するのだが、実態を知らないまま知識だけを詰め込むものだから、話を聞いてみると結構ヘンテコリンな事を言ったりする。
整体教室は整体に触れるお手軽な機会だ。本だけ読んで、実態をよく知らないという人は参加してみてほしい。人生にプラスになる事請け合いである。
結論からいうと、さっさと独立して正解だった。むしろなぜもっと早くという思いもないではないが、物事には柿の実が熟して落ちる様に”機”がある。
20歳の頃にはこれで食おうと決意したが、自分で指導室を持つに到ったのは結局、30近くの事であった。
いろいろあって途中で就職もしたが、就職を決めるのも早ければ辞めるのも早かった。ある朝、辞めると決めてそのまま会社に行って辞表を書いた。会社のコピー機で印刷した為に辞表を同僚に取られそうになって慌てたものだ。
短いサラリーマン暮らしも悪くはなかった。中国の現地スタッフがおもしろかったな。中国人なのだが口癖が、「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」 (燕や雀のような小鳥に大鳥の大志はわからない)だった。日本から案件を持ちかけると、「日本からは痩せた骨しか投げられないネ。肉がついてないネ。」とよく言われたものだ。
日本のオフィスはオフィスで、上司から「中国人のバイヤーを使う時は中国の製品を悪く言うな。彼等にもプライドがある」などの帝王学を毎日の様に叩き込まれたものだが、どっちもどっちだった。
なにはともあれ、サラリーマンの経験も役には立っている。当事者にならないと、本当の事は分からないからだ。やはり結婚していない人の夫婦論とか、子どものいない人の子育て論は聞くには値しない。庶民の暮らしを知らない二世議員の政治など、なにをかいわんやである。話が脱線した。僕も自分の分際で口を利こうとは思うのだが、逸脱するのが悪い癖だ。
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