さて、なぜ毎日こうしてやくたいもない事を書き続けているのかというと、まずは野口整体の世界を知って頂く必要がある為だ。
今日もホームページを見ていらした方がいたのだが、ほとんど野口整体の予備知識がないのである。骨をボキボキされたり、マッサージをされると思っていたが、まったく違うので面食らったとおっしゃっていたが、施術の後には整体についての説明をさせて頂いた。
人間の知覚の仕組みとして、知らないものについては認識が出来ないという事がある。例えば、目の前を今まで見た事がない様な動物が通ったとしても、人はそれをそれとしておそらく認識が出来ないはずだ。数分後にはその動物の姿を思い出す事も難しいだろう。自分の知識にないものは、認識も記憶もする事が出来な
いのだ。聞きなれない外国語を聞いても、雑音にしか聞こえないではないか。
実際のところ、野口整体について、漠然としたイメージでもあれば、すごく仕事がやりやすい。まったく予備知識のない方に整体をしても、受ける人に整体についての知識がない為に評価が出来ないという事があるのだ。今の僕は玄人受けするマニアックな整体師というところだろう。
僕にとって幸いだったのは、自分が言葉に不自由なタイプではなかったという事だ。組織を出て整体操法が生き残りにくいのは、言葉の不在に原因がある。作品はそれを紹介する批評によって支えられているのであるが、誰も紹介してくれないので、自分で語っている次第である。そのうち『ユリイカ』ででも特集してくれないだろうか。ラカンが特集されるのだから、野口晴哉が特集されてもよいはずだ。その時は僕に書かせてほしい。
まあとにかく、整体の世界をひとりでも多くの人に知ってもらいたいし、体験して頂きたいと願っている。作品は受け取り手に渡されて初めて完成するのだ。
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