昔、四畳半の風呂なしアパートに住んでいた。それも今どき珍しいのだが、住人にも変わった人が多かった。
三部屋向こうに引っ越してきた女性がある時、僕の部屋を訪ねて来た。なんだろうと思ったが、その用件というは留守中に誰か私の部屋に入っていなかったかという問い合わせであった。それからしばらくの事だが、彼女が住む部屋の木製のドアには南京錠が四つも取り付けられた。しかし謎だったのは、四つの南京錠は一つの金具に取り付けられているという事実だった。それだと金具を一つ壊せば用をなさないんじゃないだろうかと僕は疑問に思ったのだが、彼女の中では論理的整合性があるらしいのだ。彼女が引っ越していった後も、その金具はそのままにされて、後に引っ越して来た住人には不思議がられていたものだ。
住人にはもう一人印象深い人がいる。その方は70歳を過ぎた女性で、アパートの二階の角部屋に住んでいた。仮にSさんとしておこう。Sさんはひどく警戒心が強いのだ。二階への階段を上る時には鉄で出来た階段がコンコンと音を立てるが、音がすると彼女は必ずドアを半開きにして外の様子を伺っているのだ。
アパートの住人はSさんの事を陰で八墓村と呼んでいたのだが、ほどなくしてその謎は解けた。Sさんがギックリ腰をやった際に、頼まれて操法をする機会があったのだが、操法が終わるとSさんは語り出した。一年ほど前に、朝の散歩をしていたら引ったくりにあったというのだ。それ以来、不安でその様な行動をとっているという事であった。おもしろいもので、体が弛むと人は語り出すのだ。
不思議な事だが、操法をしてから、Sさんの奇行は止まった。体がひどく縮こまって、萎縮した様になっていたが、体が弛んで心の不安も解消されたのだろうか。フロイト先生、野口先生にお聞きしたいところだ。
その後、Sさんとは親しくなったが、Sさんは時々食べ物を持ってきてくれる様になった。大抵はカップラーメンやオニギリだったが、必ず賞味期限が切れているというオマケがついていて懐かしい思い出だ。Sさんは今も息災だろうか。
余談だが、エキセントリックな人には頚椎二番の曲がっている場合が多いし、暗い人には胸椎二番の硬直した人が多い。慣れると歩いている姿を見ただけでも分かる。しかし、この話は続けると優生学チックになってしまうので、口が滑らないうちに止めておこう。
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