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2017年9月

2017年9月30日 (土)

先生稼業

木曜日の研究会。生徒を見ていて、上手になったものだなあと感心した。まあ、何年もやっている人達だ。見ていて、楽しくなった。

みんな身体の立体感を掴むのに苦労する様だ。跨ぎの型をしても、平面的に動いてしまう。足首と膝、股関節を連動させて、その力を上手い事、親指に伝える訓練が要る。とにかく練習、練習、練習。1万時間の壁とは、よく言ったもの。

まずは、身体の重さ、固さ、柔らかさ、呼吸、人の身体に触れる経験などそうはないから、それに慣れて頂きたいところ。ただし、スレてはいけない。たまにプロに教える機会に感じるけれど、かえって雑な人も目につく。自分も気を付けたい。

また、頑固職人になるなとも口を酸っぱくする。整体を勉強したいなんていうのは、不器用な人が多いのだが、それをアイデンティティーにするならご勝手にという感じ。ただ、飢えることになるがね。そういう人を沢山知ってる。

分かってくれないと、世をスネてどうする。素晴らしいものがあるのなら、相手にちゃんと伝えないと勿体ない。

ついでに、心情的にはサロンも止めたい。知人・友人の間で金銭をやり取りし合うのも良いけれど、それは他人からのジャッジを怖がっているからであって、端から勝負を捨てている。それは男性版が頑固職人だとしたら、サロンは女性版の変奏に過ぎない。男のプライド、女の見栄、そのどちらも邪魔。

仕事のスタイルを伝えるのも難しい。特に、自分はそれが下手。サラッとやって見せるのだが、そう見せているだけなので、難しいことが分からないらしい。近頃、それを反省する。舐めて、ものにならない人も多かった。相手の為に、厳しくするべきだったし、格好をつけるべきだった。開業する人には、畳の部屋で和服を着たら良いですよとアイバイスをする。

ちなみに、しばしば整体を仕事にしたいのですが、私は向いてますかとお尋ね頂く機会がある。向いてますよとお答えするのだが、それは嘘だ。それを人に尋ねるタイプは向いてない。だって、クライアントの施術中に、一体、誰に相談するの?Googleの?という話。自分で決める人が向いている。

以上は、先生稼業の心構えみたいなもの。傲慢になれという意味では、勿論ない。相手は頼って来るので、それを受け止められる様にしておきましょうという話。

2017年9月25日 (月)

ワールド・ウォーZ

先日、村正を見せて頂いた。これで怪我したら、俺は徳川という冗談がツボにはまって笑った。

真剣を買おうと思わないでもないのだが、ちょっと酔狂の一線を越える。まだ止しておこう。

最近、薙刀の型を覚え終わった。困るのは稽古場所。ただ、狭いところで稽古をしていると、器用になる。

型稽古をしていて、相手を想定することの重要性を再確認した。実際の高さをイメージしたら、膝を曲げ過ぎていることに気が付いた。角度もズレていた。

型稽古にはパントマイム的な感覚がある。重さとか高さとか、イメージを具体的にするほど、ディテールは修正されて行く。

形があって、その意味がある。その往復運動に伴う変化がおもしろい。

ところで、それは映画鑑賞もそうで、近頃、Amazonプライムで見て、その後、町山智博さんと宇多丸さんの感想をラジオで聴くということを繰り返している。

たいしたもんだなあと感心するのが、下手をしたら、作品よりも語りの方がおもしろいところ。

昨夜はゾンビ映画の『ワールド・ウォーZ』を見て寝たら、クマバチの群れに襲われる夢を見た。人間が単純に出来ているものだ。

2017年9月24日 (日)

真善美

朝から猛烈な歯痛に襲われた女性。歯医者に行くも土日は休診で、痛みをなんとかしてほしいというご依頼。

リンパが腫れていると影響は歯茎に及んで、虫歯も必要以上に痛む。或いは、虫歯でなくとも痛むこともある。

リンパの詰まりを流したら、少しはマシになったとのこと。また、手三里は歯痛に効くというが、調べても硬直はなし。体の響きを見ると、合谷に反応あり。整圧の後、かなり痛みは改善したとのことだった。

施術では体を調べ、原因を検討して、調整に当たる。これが出来ないと、膨大な数ある手技療法は運用が難しい。俗に、観察が8割という。定石を踏まえて、固有を見る。

一昨日も、ジャングルジムから落ちて、股間をぶつけたという男の子が来ていた。かなり痛むとのこと。講道館式の金的の活法を試すも、効果薄し。改めて、体を調べると、頬骨の歪みが顕著。なんとなく閃いて、頬骨を上げたら、それで痛みはピタリと消えた。お子さんも不思議そうにされていたが、これは理論にはならない。

整体もしばらく続けると、定石の意外な無力を知る。対症療法をするよりも、人体を純粋工芸的に見做して、真善美を追及するとほっておいても症状は良くなる。逆に、症状にこだわると、なかなか難しい。

そこには、パターンでは把握しきれないというある種の断念がある。どうしても人間の脳みそはマニュアルを求めるのだが、どうやら複雑系であるところの人体には別のアプローチが合う様だ。

2017年9月23日 (土)

プノンペン物語

普段、施術中はあまり喋らない。だから、意外と相手のことを知らなかったりする。

昨日、もう何年も通われているご高齢の女性が、急に身の上話を始めた。そんなことは初めてだ。

お父様は貿易商。その関係で、カンボジアのプノンペンに生まれた。子どもの頃はアンナン語で喧嘩をした。近所のお寺で、釈迦の蜘蛛の糸の説話を聞いたことを覚えている。

お屋敷で幸せに暮らしていたが、やがて迎える敗戦。ある夜、ジープが乗り付けて来る音が聴こえる。略奪に来たフランス兵だ。メイドが服を着せてくれて、逃してくれた。戻っておいでという言葉と共に。

しかし、捕まってしまう一家。そして、人生は塞翁が馬。お父様が結核を発症した為に解放されて、日本に帰国出来たそうだ。

人に歴史あり。個人史と世界史が繋がる、ある世代の栄光と挫折。昭和は偉大な時代だった。

東京を離れるという話と共に、そんな身の上話をされるので、これが今生の別れかと、一瞬、シンミリしたのだが、あ、来月の予約をお願いしますとお帰りになられて行ったのであった。

2017年9月22日 (金)

写真撮影

昨日はホームページ用の写真撮影。

いやあ、良い写真が撮れた。動きのある写真が欲しかったのだ。

10年近い月日が流れた。日々、寄せては返す波の様に、人が来ては去り。悲喜こもごもなれど、やる事変わりなし。


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2017年9月12日 (火)

柔軟性≠柔らかさ

先ほどまで、足を挫いたダンサーがお越しだった。明日、どうしても踊らなければならないというので、深夜に依頼を受け付けた。

しょっちゅう怪我をする方だ。柔軟性はあるのだが、筋力とのバランスが良くないので、各関節が締め方の甘いネジみたいになっている。一旦、筋肉をつけて、体を固めた方が良いというアドバイスをさせて頂いた。

柔軟性があると怪我をしにくいのかというと、そうでもない。ムラのある柔軟性はむしろ危ない。極端に柔らかい部位があると、そこを傷めやすい。だから、一般的に、可動域の広い肩を傷めやすい。

そういえば、数日前の話。お子さんの肩が抜けたというご連絡を受けて、施術所でお待ちしていたのだが、到着する頃にはほとんど良くなっていたということがあった。

似た様なケースが時々ある。子どもは体が柔らかいので、手を引いた拍子にでも肩や肘が抜けすいのだが、同時に良くもなりやすい。

子どもの体には自然な柔らかさがある。成長過程でブツけたり、転んだり、小さな怪我はしょっちゅうするだろうけれど、その柔らかさ故に大きな怪我はしにくいし、回復も早い。

また、子どもの柔らかさは、柔軟性というよりも、呼吸の柔らかさだったり、リラックスの柔らかさだったりもする。

柔軟性≠柔らかさという話だった。

だから、大人の場合、柔軟性をつけるのも良いけれど、息をつめる癖を取るとメリットが大きい。リラックスが上手になると、アクシデントがあっても怪我をしにくくなる。

簡単な実験がある。左腕を地面と平行にして前へ上げる。そこを右拳で叩いてみるのだ。息をつめて叩くと痛いけれど、息を吐いて叩くとそんなに痛くない。

2017年9月11日 (月)

副腎操法

耳かき中毒なのだが、やり過ぎて良いことはない。

左踝が腫れて、痛くなった。

内踝は耳と繋がっていて、刺激すると中耳炎が改善する。今回の場合、逆に耳を刺激し過ぎて、踝が腫れてしまった。耳かきしたいのを我慢して、耳の手当をしたら、腫れが引いた。

意外な場所が繋がっているもので、整体ではそうした関係性を理解して、調整に用いる。踝はとにかく耳だ。

ただ、耳のトラブルにも種類があって、何でも踝という訳にはいかない。毎年、秋の初めには耳鳴りのご相談が増える。これは気圧というか、腎の関係なので、別の調整が要る。そんなに難しいものではない。

踝の適応範囲はあるが、高齢者の難聴には効果的。年齢的にもう無理かなと思っていても、結構、変わるものだ。しかし、補聴器を使っていると、耳が大音量に麻痺しているので、もう難しい。

自分が苦手なのは、ストレス性の難聴。大概、頭皮が緊張し過ぎて、ボーリングの球みたいに張っているという身体的な特徴がある。以前、大酒飲みだったのだが、酒を止めてほどなく耳にトラブルが出たという方がいらしていたけれど、手が出なかったことを思い出す。何をやっても、神経の緊張が抜けなかった。

そういえば、先週、佐々木先生の講座で、副腎のやり方を習った。ストレス性の難聴でいらしていた何人かの方の体を思い出すと、これが効くのではないのかと推測している。適応を検討すると、婦人科系にも良さそうだ。

元々、整体操法では副腎をそんなに言わない。それで、先週から、習ったやり方の脊椎との対応、九七八操法との比較を進めていた。研究会の会員を並べて、一人一人の変化を調べてみたのだが、それで整理がついた。

新しく仕入れた知識を解釈して、整理して、意味付けて、こういう作業は楽しい。元ネタはAKと均整のどちらだっけ?判断方法がAKでやり方が均整か?今度、確認してみるか。

後は使ってみないと、分からない。理屈を並べても、効果がなければ意味はない。整体に限らず、手技の良いところは、研究と臨床が隣接しているところで、すぐに結果は出るだろう。

2017年9月10日 (日)

再会

昼休み、自由が丘を歩いていたら、東急前の踏切のところで声を掛けられた。振り向いてみたら、夜の帝王だった。タクシーに乗っていたら、見覚えのある後姿を見つけて、追い掛けて来たということだった。

今は地方で別荘住まいのはずなのだが、しばらく東京に戻っているというお話だった。飽きたんでしょう?とお尋ねしたら、飽きましたというお返事があった。

移動して立話をしたのだが、最近の帝王は空海にハマっているのだそうだ。お互い刺激中毒なのだが、外部にそれを求めてもいずれは飽きる。非日常も慣れると日常に堕してしまうからだ。

それよりは、少し視点を変えて、目の前の日常の意味を置き換えてしまうと、ありふれてつまらなかったはずのものが、黄金に変わる。外部よりも内部ですよねという話を会って2分で初めて、10分で終えて別れた。この二人組はおかしいかもしれない。

しかし、今日も忙しかった。先週、夏休みにしたので、戻ってからは立て込んでいた。夜になると、さすがに草臥れたので、ここぞとばかりに焼肉の食べ放題へ出掛けた。しばらく前に新装開店したお店なのだが、初めて訪ねた。

安い肉を沢山食べるには、体力が要る。この数年、受け付けなくなっていたのだが、ここのところ、トレーニングを続けている。活元運動、脊椎行氣、合掌行氣に気合法。大分、調子を取り戻したので、500gくらいはペロリと胃に消えた。肉の品質はそこそこだが、酒はヒドい代物だった。それも元気だと、それなりに楽しい。

2017年9月 7日 (木)

風の盆

遅めの夏休み、帰省して来た。

新幹線で石川県へ向かったのだが、半分くらいは携帯が圏外。トンネルの中なのだ。長野の山々を掘り抜いて、いかに無理やりに繋げたのかが分かる。

今回、帰省のついでに、富山県の風の盆を見て来た。おわらという、胡弓に合わせた、もの悲しい踊り。ジメッとしていて、実に北陸らしい。

日本海沿岸の北陸は、財布を忘れても傘を忘れるなというくらい、雨がよく降る。そうした気候だと、例えば、阿波踊りの様な陽気なリズムは合わない。松任谷由実よりも中島みゆきが似合う。

素人目にも、1人だけ目立つ人がいた。所作と所作が繋がっていて、美しい。

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2017年9月 2日 (土)

マキノ出版 『安心』10月号

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マキノ出版様刊行『安心』10月号に「誤嚥」の記事を掲載させて頂きました。編集部の方にはお世話になりました。

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