« 中田考『私はなぜイスラーム教徒になったのか』 | トップページ | 稽古日和 »

2017年10月29日 (日)

シビアな話

先日、クライアントの方から、やっと薬を卒業出来ましたというお話を伺った。

数年来、通われている方だが、初めていらした時に、その病歴の華やかさに驚いたものだ。服用されているお薬を確認したら、まあ、山盛り。

薬は肝臓で分解する訳だが、ガチガチに固くて、とっくにキャパは越えている。もう病気で悪くなっているんだか、副作用で悪くなっているんだか、区別がつかない。

ご本人も減らしたいというご希望だったのだが、いきなりは無理だ。お医者さんとも相談して、時間を掛けて減らしていったら良いのではないですかという話をしたのを覚えている。

また、心臓の薬は後回しにした方が良いんじゃないですか、というやり取りもあった。止まったら、困るじゃない。

近頃はすっかりお元気になられたのだが、担当医の先生がおっしゃるには、透析をしないで済んだ二人目だというお話だった。

しかし、簡単ではなかった。そうなるまでに3年ほど掛かっているし、その間はほとんど毎週、いらしていた。体操をレッスンさせても頂いたけれど、実に真面目にされていた。

今日、よく続きましたねと、正直な感想を述べさせて頂いたら、そもそも現状維持がせいぜいで、まさか良くなるとは思っていなかった、というコメントがあった。

生きている限り、体には希望があるけれど、それ相応の努力が要るという話だった。

最近も、手術を薦められているという別の方がいらしていて、したくはないとおっしゃる。それには、もし手術を伸ばせるとしても、自己管理出来るのならそれも良いけれど、出来そうもないのなら早いうちに観念した方が良いのではないですか、という話をさせて頂いた。

夢を売っている訳ではないのだ。耳障りの良いことを並べていれば楽だけど、相手の為にはそうもいかない。

« 中田考『私はなぜイスラーム教徒になったのか』 | トップページ | 稽古日和 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1042886/72088318

この記事へのトラックバック一覧です: シビアな話:

« 中田考『私はなぜイスラーム教徒になったのか』 | トップページ | 稽古日和 »