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2017年12月 4日 (月)

禅病

この手の仕事をしていて、教養として知るのはヨーガのチャクラは7つだということ。

これが中国になると、印堂・壇中・気海の上丹田・中丹田・下丹田の3つになる。

更に、海を渡った日本では、臍下丹田1つを重視する。

シルクロードを西から東へ進むと、エネルギーセンターの数が減っていく訳だが、それを文化の失伝とみなすか洗練とみなすかは意見の分かれるところだろう。

それぞれの場所にそれなりの意味はあるのだが、経験的に、臍下丹田ばかりを鍛えると、人間が逞しくなるのでそれは良いのだけど、そのうちに自我ばかりが強くなって、人間関係においても支配欲が強くなるので、それだけをやるのは賛成しない。

また、縦軸の取り扱い方にも差異がある。インドはクンダリニーといってエネルギーを上昇させる様だし、気功では小周天といって循環を重視する。日本的なものはどうかというと、整体のローカルな話だが、脊椎を重視してエネルギーを下へ降ろすことを強調する。

それぞれに差はあって興味深いのだが、頭にエネルギーを上げっ放しにしておくと、偏差があるので注意がいる。以前、瞑想を習って、自己流でやるなと注意を受けたのだが、それはやれという意味だなと了解して実験してみたことがある。

頭に上げたエネルギーを降ろさないでいたら、えらく気分が落ち込んで驚いたことを覚えている。世の中全部敵みたいなノイローゼ気分にもなったのだが、そういえば、若い頃はずっとそんな感じだったので、当時は随分と頭に気が上がっていたのだなんて事にも気が付いた。

やってみて、禅病というのはこんな感じかなあという見当はつく様になったので、良い勉強にはなった。

とにかく、精神生活としてはどうだか知らないが、生き物としてはエネルギーが下へ降りて、腰に力が入る方が体調は良い様だ。また、上げると大脳活動が活発になるので、知的な面での効果はあるけれど、ちゃんとその後で降ろしておかないとヒドイことになる。

ところで、頭の働きを低下させる様な施術をそうと伝えて、頭の忙し過ぎる人の何人かにやってみたことがある。すると、ボンヤリして気分が楽だという趣旨の感想を伺うのだが、数週間すると決まって、元へ戻してくれと言って来たものだ。飽きたとみんな口にするんだけど、きっと仕事にならないからだろう。これ、逆をやると不味いのだ。頭の回転の速い人は大体、ちょっとおかしい。抵抗力のない人にそれをやると、エキセントリックになってしまう。頭が良くても、そんなに良いことばかりではないという話。

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