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2018年6月

2018年6月24日 (日)

ブラジリアン柔術

高校生の頃に和弓をやっていた。

弓には弦が張られているのだが、張りっぱなしだと弓が傷む。使わない時には弦は外すものだ。

ところで、テンションが過剰に高い人がいる。一見、元気。しかし、肩凝りはないけれど、偏頭痛にお悩みだといった類の話がとても多い。肩に触れると、カチカチに凝っていたりする。

テンションが高いと、疲れを自覚しにくいのだ。それは空元気というものであって、体からのサインには気がついた方が良い。肩凝りを感じるくらいで正常なのだ。

実際的な話であって、テンションが下がると、お酒や砂糖で無理やりにテンションを保とうとする方も多い。これもリスキーで、周期的に急性症状でダウンするという傾向が見受けられる。また、若い時に体力のあった方ほど、そうなりやすい。

自分などは低め安定の感あり、元気な時もないけれど、本当に参ることも少ない。上手なダウン。いっそブラジリアン柔術の心境である。

拡張家族

昨日は志らくの湯へ。近郊だと、一番お湯の質が良いのではないか。

ところで、銭湯には土地の人の距離感が現れる。東京だと目線を合わせ様とはしないし、石川県ではこちらを見て来る。群馬で銭湯へ行ったら、話しかけて来た。

さて、5歳児の虐待死事件が話題なのだが、行政への対応が求められているという報道を見聞きして、筋の悪い話だなあと感じた。

対策を一本化することもなかろうが、問題の本質は行政の対応ではなくて、ご近所の問題ではなかろうか。地域の人間関係の不在。

世代を経ると、都市化、核家族化も梯子外しの感がある。幼稚園、保育園の新設に、近隣住民が反対するといった類の話もしばしばあるけれど、どういった料簡だろうか。

しかし、そうした文脈からすると、自由が丘商店街振興組合と自治会に加入しないと、言行不一致になるのでしょうか?

私的な社会実験としては、弟子を取っている。これは面倒を見る代わりに面倒を見てねという、相撲部屋的な意味での相互扶助の試みだったりする。

そういえば、東急グループが都内某所でシングルマザー向けのシェアハウスを運営していて、その広告を見たら、やたらにオシャレ。これまたかなりコンセプチュアル。

2018年6月22日 (金)

カポック

しばらく前に、金のなる木を枯らしてしまった。

これは自分が悪い。熱いままの白湯の飲みさしを流しまで運ぶのが面倒だったので、手元の鉢植えに流したのだ。

幹まで腐ったので、それは取り除いた。その代わりに、いじましく葉を取っておいたので、挿枝と葉挿しで増やすことを試みた。

ちゃんと根付いて、二ヶ月ほど経った今では新しい芽が出ている。

ついでに、カポックが弱っていたので手入れをすることにした。まず密集している辺りを剪定。次に、葉の一枚一枚を布で拭いた。カポックは蜜が出るので、葉がベトついて、そこにホコリが付いていたのだ。

人間にも、ここまではしない。2日ほど経ったら、フニャっていた葉の固さが戻った。光合成が上手くいっていなかったのかもしれない。

植物に気を通したら元気になるというので、それもやってみた。これは写真を撮っておけば良かった。水揚げした切り花の様な劇的な変化があった。

人体と同様に響く場所があるので、整体の勉強に良いかもしれない。しおれた葉を見つけて、響く場所を探すと、根のどこかに対応する場所が見つかる。


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2018年6月20日 (水)

そば源

月曜の夜から、群馬県へ出張だった。兄貴分が声を掛けて、地元の農家の方などにお集まり頂いた。

田んぼのど真ん中の古民家が舞台。蚊が多いので、布団の四方に蚊取り線香を設置。煙がもうもうと立ち込める中、黒づくめで眼つきの悪い小男が施術するのだが、一体全体、何の儀式が始まるんだろうかという雰囲気。

最初は妙な緊張感が漂ったのだが、症状の改善率は高かったので、ウケは良かった様に見えた。

施術を終えた後に、農家を訪ねた。ログハウス風の邸宅の庭には、田んぼと畑があり、ヤギと鶏をお飼いになられていた。軒先にはベーコンが吊るしてあるという風景。庭の苺をもいでそのまま頂いた。

オスヤギとメスヤギが1匹づついて、オスヤギに餌を与えたら、メスヤギがオスヤギに頭突きするので笑った。尻に敷き過ぎだろうというか、つがいになれるのだろうか。しかし、リッチだなあ。都会暮らしの貧乏くささを知った。

そういえば、そば源で食事をご馳走になったのだが、これだけを食べに群馬に出掛けても良いな。ちょっと驚いた。

仏像マニアのお宅を訪ねて、コレクションを拝見させても頂いたのだが、かなりフェテッシュな世界。趣味人の世界は奥深いものだ。

2018年6月16日 (土)

動的なアプローチ

最近、手技研操法を見直していたのだが、筋骨格の硬直度合が激しいと調律点を押さえてもあまり響かないので、手技研的に下処理をしてからの方が効果がありそうだ。

自分の左腕のリンパのつまりが取れないので苦労していたのだが、筋骨格の調整をしてから、化膿活点を押さえたら一発だった。

今週は夜毎、体の調整をしてから寝ていたのだが、やはり手首のダメージが大きい。職業柄だ。関節が拡がって、プラーンという感じ。これも筋肉の収縮部を固定して最密位を出したら、カチンと締まった。通常の関節調整をしても、これは無理だった。

手首の関節を締めたら、骨盤も一緒に締まったので、若返った様な気がする。骨盤が開いてお尻が大きくなる人も多いので、手首からアプローチしてみようか。

視力もテーマにしているが、胸椎上部の強張りを抜くのには、肩甲挙筋の操作が良い。D123を押さえるよりも、その方が手っ取り早い。

しかし、手持ちの技術との相性でいうと、ハムストリングスの操作が収穫の一番かもしれない。整圧するよりも、蝙蝠様体操をするよりも、動的なアプローチの方が効く。肉厚な部位なので、以前から整圧には向かない様な気がしていたのだ。手が疲れてしょうがない。

逆に、頭蓋と胸郭は、整体の手当療法の方が楽だ。深部を変えやすい。

代償行為

先日、空手の稽古に出掛けたら、相手の動きが速くて如何ともし難かった。

それで工夫をしていたのだが、前へ出るのが良くなかった。横へ出るべきだ。

股関節を含む骨盤周辺は横へのスライド移動が得意で、前方向への移動が構造的に不得手。端的には、腰を前後左右へ振ったら、前後よりも左右の方が動きやすい。その動きに足がついていくくらいの方が良い。後は、股関節で角度をつけてやれば、斜め前と斜め後には移動がしやすい。

という結論になったのだが、人を相手に試していないので、蓋を開けてみないと分からない。運動神経がかなり悲惨なので、あれこれと頭を使うのだが、本当は考えずに出来る人が羨ましい。

2018年6月13日 (水)

銀座デリー

デリーを食べずして、カレーを語るなかれ。

という訳で、銀座のデリーに初めて行ったのだが、カシミールカレーで辛い。

食べると、聴覚過敏になって感じられたのだが、スパイスは奥深いものだ。

スパイスには無知なので一家言もないのだが、作用を研究すると、おもしろいかもしれない。脈は早くなるし、体への影響は大きい。下手な薬よりも作用が大きいかもしれない。

ところで、インドへ行ってみての感想なのだが、水に当たるというのは疑わしい。それよりは、スパイスに日本人は耐えられないのではないか。あとは熱中症。

たまに食べると旨いのだが、3食を1週間も食べ続ければ、お腹を壊すのは必然。食べ慣れていないからだ。腹6分目くらいにしておくのがお薦め。

ところで、最近、循環器に負担の掛かっている方が多い。その場合、塩を摂ると体調が回復する可能性がある。塩がある種の強壮剤として作用するからだ。昨今、減塩ブームなのだが、暑くなって塩分不足だとバテる。

ただ、高血圧との相性があるので、適当なことはしない方が良い。

適量は如何に?これは味覚の良い人限定の話だが、塩分不足だと、塩を舐めて辛さよりも甘さを感じる。ある程度以上を摂ると、途端に辛くなるものだ。

2018年6月 6日 (水)

縄跳び

体を動かす時に、いちいち頭で考えないと動けないタイプの人も多い。

何か運動をする時には不利だ。物覚えも悪くなる。要は、頭でっかちになりやすい。実は、自分もそうだったのだが、今は大分マシになった。

リハビリにお薦めなのは、意外と縄跳びだったりする。単純に、考えていたら跳べないからだ。脳みそを通さないで体を動かす回路造りには最適。ランニングなどは、むしろ、考えごとをしやすいので、目的には合わない。

高校生の頃によくやっていたのだが、ちょっと我ながら涙ぐましい。出しゃばりな頭を黙らせて、体に仕事を任せるという訓練。

いよいよシビアな人は、理屈の通じない世界に放り込まれるのも良いかもしれない。

青森の大工の手伝いとか、凄かったけどね。お爺ちゃんの方言がキツくて何を言っているのかサッパリ分からないんだけど、とりあえず、怒られたら謝るしかないという。怒られたくないものだから、ジッと見て、先回りして動く癖がついた。

夫原病

先日、カウンセリングやってませんか?というお問い合わせを頂いた。

やっていませんとお応えさせて頂いたのだが、まあ、止めといた方がいいな。そうした教育を受けてはいないし、会話のキャッチボールが出来ないので、性格的にも向いていない。ピッチングは得意なんだけど、しばしばデッドボール。

そういえば、以前、産業カウンセラーの方がいらしていて、気が付いたらこちらの口数が多くなっていたので驚いた。普段、施術中はあまり喋らないのだ。きっと能力のある方なのだろう。こういう人がやったらいい。

また、公式見解としては、メンタルの問題をメンタルで解決しようとするのは、借金を借金で返そうとする様なものなので、無理がある。それよりは、深呼吸でもした方が落ち着くのではないでしょうか。体を整えましょうというものになる。

ただ、例えば、自分はストレス性の難聴の成績が良くない。その場ではマシになっても長続きしないのだ。ご家庭や職場環境などにストレスの原因がある場合、残念ながら難しい様だ。もしかしたら、これはカウンセリングが向くのかもしれない。

一方、気圧性の耳鳴りや軽度の老人性難聴は、成績が良い。

そういえば、夫原病でしたとおっしゃる方がいて、離婚するなり、症状がなくなったので見事だった。

2018年6月 5日 (火)

ヒッピー

リラックスと簡単に言うのだが、実はかなり難しい。

手には神経が集中しているので、拳を握り締めていたら、緊張していることは誰にでも分かる。それが肩になると、もう怪しくなるのが人間だ。

また、先天的に緊張しやすい部位があり、これはほとんど遺伝だ。そのパターンを整体では整理している。

施術ではそれを調べるのだが、パソコンのタスクマネージャの作業と似ている。自分ではスイッチをオフに出来なくなっている部分を見つけて、解除する。

そうした過緊張が、人間の能力のリソースを奪っている。緊張の傾向は先天的なものなので、上手く付き合っていくしかないのだが、傾向と対策を知っておくと生きるのが少しだけ楽になる。自分の身体の取扱説明書みたいなものだ。

ところで、全然、話は違うのだが、脳の容量を見ると、現代よりも狩猟採集社会の方が大きいのだそうな。パターン化した農耕社会よりも、マルチタスクを求められるからだろう。

人類はパソコンを手に入れたのだが、これは脳の外付けハードディスクみたいなものなので、ますます脳の容量は小さくなるのではないか。

フィリップ・K・ディック、押井守的な拡張身体のイメージのある程度は、スマフォとパソコンが実現してしまった。このまま突き進んで、iPhone2Xくらいで、網膜スクリーンを実装するしかないでしょう。

ローカルには別の方向性もあって、自分は整体や武術に、機械的ではない形での拡張身体の可能性を認める。エミュレータで体を動かす様な感覚があるので、それはおもしろいものです。

それはセグウェイに乗るのと、感覚が似ているかもしれない。自転車に乗るよりも、より体感に近いけれど、やっぱり別の身体だという感覚。

これまたどうでも良い話だが、かつてフランスの湿地に、住民が竹馬を履いて暮らす村があったそうな。そのまま立ち話をしたり、移動を行うそうなのだが、慣れたら馬と並走出来るくらいに速く走れるという。ホンマかいなという話

速読

最近、せっかく細くなっていたのに、空手の稽古をしたら、あっという間に戻ってしまった。

呼吸の内圧を掛けるので、体に空気を入れたタイヤみたいな弾力が出る。なんか良い事あんの?という話なのだが、重心が落ちて、強くはなる。

先日、志らくの湯の帰りに、矢向駅の踏切前で立ち止まっていたら、後ろから走って来た中年男性がぶつかって飛んで行った。助け起こしながら、鍛えておいて良かったと思った反面、後ろから来るのが分からないから、これはダメだなあとガッカリした。

そんな訳で、リラックスする為の稽古をやり直している。自分がリラックスしていると、人の緊張には敏感になるものだ。

色々、試してみると、眼の緊張を抜くのが難しい。対象をしっかり見ようとするのは、力みと一緒。眼をリラックスさせると、急に周辺視野が広くなるし、焦点の合う速度も上がる。肩凝りも消える。しかし、リラックスさせたまま文字を読むのが、一番難しい。速読の訓練みたいになって来た。

ついでに視力を回復させようと、ジタバタ始めている。美容関係の研究はひと段落したので、次のテーマは視力だ。

2018年6月 3日 (日)

形と感覚

形から入るか、感覚から入るかという命題が整体にはあり、嗜好の違いもあり、議論は尽きない。

例えば、人体で緊張しやすい部位は肩なので、しばしば肩の力を抜けと説かれる。一方、手の小指の重要性もまた説かれるのだが、これも目的は同じ。小指を意識すると、肘と脇が締まり、肩は落ちる。

また、手の感覚を訓練すると、体表に触れることで内部のことがよく分かる様になる。頭蓋を触ると、多くの場合は眼球だが、奥の方に緊張を感じる。背中に触れても、体の奥や前面の強張りを感じる様になる。それこそ、握手をして、相手の脛の緊張を感じるくらい。

しかし、それにはかなりの訓練が要るので、手技のテクニックから学んだ方が分かりやすい。ただ、それは自転車の補助輪の様なものなので、だんだんと外していった方がかえって楽だ。最終的には、地味に触れるだけというスタイルに落ち着きやすい。

ただ、これまた課題があり、表現としては稚拙になりやすいのだ。玄人受けはするけれど、施術を受けに来た方にとっては何をされたのかサッパリ分からない自己満足と取られやすい。それを防止する為の工夫と流れもある。

はたまた、感覚は客観性に乏しいので、形に戻って検証する必要もある。結局は感覚と形の往復運動で上達していくのだが、風紀の乱れは服装からみたいな話で、まずは形から入るのが分かりやすいだろう。

2018年6月 2日 (土)

山師の戯言

90年代くらいまでは、まだカウンターカルチャーが成立した。構造が単純なので、仕事のストーリーラインのつくり方は楽に見える。

価値相対化が進んで、マーケティングが機能しなくなったと言われる様になって久しいのだが、その点、現代はテーマ設定が難しい。

それはクリエイティブ系の業界の話題に見えるけれど、実はボディワークの世界でも同じ。例えば、精神世界が流行らなくなった。端的に、カウンターカルチャーが退潮した為だろう。

開業して数年経った頃に、そんなことに頭を悩ましていた。人に話すと笑われるのだが、逆にテーマ設定もしないで、どうして仕事が出来るのか不思議。

その頃に決めたのは、カウンターカルチャーのカウンターは止めようということ。それはダサ過ぎる。

それで、新しいスタイルを2年ほど模索したのだが、結局、開き直って、街場の整体のイメージに乗っかって仕事をすることに決めた。後は、専門用語を排して、自分の話しかしないというルール。数年経ってみると、正解だった。

元々、ご紹介でいらっしゃる方がほとんどなのだ。ご相談の内容に応えられたら、それで良い。むしろ、ややこしい説明はノイズになっていたことがよく分かった。

個人の進退の話をそれだけ大袈裟にする辺り、完全に山師の戯言なのだが、時代精神みたいなものを掴みたいという話だった。いや、その中心がなくなったよねという話だったかもしれない。

2018年6月 1日 (金)

週刊実話

ところで、大病院の権力争いを白い巨塔と呼ぶ訳である。

先日、日大関係者の方がいらしてお話を伺ったのだが、日大は赤い塔が名物なので、赤い巨塔ですねとついついドヤ顔でコメントしてしまった。

事件については、組織論と現場主義が好きな方が多いので、感情移入しやすいニュースなのだろう。

しかし、報道を見聞きすると、論点がズレて感じられる。指導者が論外なのは間違いないけれど、普通に傷害教唆で、傷害事件じゃない?

過剰に組織論として扱うのは、それこそ日本の悪い現場主義ではあるまいか。むしろ、週刊実話案件では?ヤクザの鉄砲玉との違いが分からないけどね。

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