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2018年6月 3日 (日)

形と感覚

形から入るか、感覚から入るかという命題が整体にはあり、嗜好の違いもあり、議論は尽きない。

例えば、人体で緊張しやすい部位は肩なので、しばしば肩の力を抜けと説かれる。一方、手の小指の重要性もまた説かれるのだが、これも目的は同じ。小指を意識すると、肘と脇が締まり、肩は落ちる。

また、手の感覚を訓練すると、体表に触れることで内部のことがよく分かる様になる。頭蓋を触ると、多くの場合は眼球だが、奥の方に緊張を感じる。背中に触れても、体の奥や前面の強張りを感じる様になる。それこそ、握手をして、相手の脛の緊張を感じるくらい。

しかし、それにはかなりの訓練が要るので、手技のテクニックから学んだ方が分かりやすい。ただ、それは自転車の補助輪の様なものなので、だんだんと外していった方がかえって楽だ。最終的には、地味に触れるだけというスタイルに落ち着きやすい。

ただ、これまた課題があり、表現としては稚拙になりやすいのだ。玄人受けはするけれど、施術を受けに来た方にとっては何をされたのかサッパリ分からない自己満足と取られやすい。それを防止する為の工夫と流れもある。

はたまた、感覚は客観性に乏しいので、形に戻って検証する必要もある。結局は感覚と形の往復運動で上達していくのだが、風紀の乱れは服装からみたいな話で、まずは形から入るのが分かりやすいだろう。

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