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2018年10月

2018年10月31日 (水)

目の疲れと首都圏人の神経疲労

身も蓋もない話だが、整体を仕事にすると、あまり長生きをしない男性が多い。

男性というのがポイントで、女性を見ているとそうでもない。平均寿命自体もさることながら、手法の性差によるものが大きい様に見受けられる。事実として、男性は手技に走る人が多いし、女性は触手療法に走りやすい。

触手療法とは何ぞや?という話なのだが、氣の力でハーッみたいなやつだ。手技はツボを押さえたり、骨格を矯正したりといった一連のテクニック。

手技にはある種アスリート的な体力が要求されるので、60代の半ばくらいでバテる。また、そこまで仕事が続いている人は、抱えるクライアントの数が多いので、これまた体力を要求される訳だ。

じゃあ、触手療法で良いのではないか?とも思うのだが、どうなんだろうね。本当にどうなんだろうか。レイキや愉氣などの古典的な手当療法を仕事にして、それだけでやっている人は、その普及の割に少ない。どこか間に合わないものがあるのではないか。

イメージのリソースが乏しいから、仕事にする際に苦労している様にも見えるのだが、効果という点から関心がある。そこまで効かせられる様になるには、結構な修行が要るしね。どちらの歩留まりが良いのかというと、それは手技だろう。

お前はどうやっているんだ?という話なのだが、案外に一定しない。相手次第だな。敏感なタイプは軽く触れるくらいの触手療法で間に合うし、体が鈍っている場合はアジャスト的な手法を使わないと無理。

そして、首都圏の人は神経過敏なので、頭の調整が必須。触手療法以外では対処がない。たまに地方へ出掛けて施術をすると、自分はこんなに上手だったのかと感心するものね。古典的な施術をしたら、それがものすごく効く。5分あれば間に合うくらい。

ところが、首都圏で同じことをやっても、ちっとも効かない。神経が過度に緊張しているので、然るべき神経反射が起こらない。その辺りの違いには大概に慣れたけれど、施術時間が掛かり過ぎるので、それは課題だ。特にスマフォが普及してからはそうで、ちょっと勘弁してほしいレベルになっている。目を休めてください、これに尽きる。

しかし、スマフォは全国的に普及しているので、スマフォよりも生活の差だろうかとか、いや、電車に乗っているから、使用時間自体が長いのだとか、色んな考察も可能だな。どちらにせよ、結論は一緒で、目を休めてくださいというものになるが。

例えば、ネットサーフィンをiPhoneからiPadにするだけで、かなり目の疲れはマシになるはずだ。ついでに、画面の輝度が高過ぎると目の負担になるので、それは抑えるのがオススメ。バッテリーの消費もかなり改善する。

2018年10月28日 (日)

ドクター中松的な何か

某大学の先生のラジオを聴いていたら、STAP細胞絡みで、科学の研究は失敗が前提で、100あるうちに上手くいくのは4、5個。全てにリターンを求める風潮があるから、科学者の側はプレッシャーであの様なねつ造を行うのだという趣旨の話をしていた。

全く同感なのだけど、科学は一人のマッドサイエンティストによってイノベーションが起こるのだというまとめ方がされていて、それについては疑問だった。ニコラ・ステラとか、19世紀型の科学者に対して抱くロマンだという気がする。現代では怪しい実験室で孤独に実験するなんて、最早、バック・トゥ・ザ・フューチャー的なギャグではあるまいか。また、これだから文系はとか言われてしまいそうな。

前提として、研究に金が掛かり過ぎる。先日、大学の予算削減で検査器具もまともに揃えられないから、予算の潤沢な中国に人材が流出しているというテレビ番組を見たところなのだ。産業と結びつかないと、研究もままならないのではあるまいか。ホリエモンは偉いよね。民間でロケット研究なんかやっているんだから。

その点、整体が素晴らしいのは、個人の力で大業成すロマンがかろうじて残っているところ。多少の資料があれば良くて、実験器具など必要としないのだ。それで、日夜、孤独に実験を繰り返しているのであった。最近は眉毛の薄毛のご相談が続いたので、研究している。結構、評判は良いぞ。そして、薄毛の方はもっと良い。ただ、完全に禿げると、そりゃあ、無理だ。魔法ではなくて、現実に使うことを考えている。

ああ、でも、整体も集団研究で生まれたんだよなあということにも思い至る。マンパワーには太刀打ち出来っこないのも確かなことだ。だから、本当は何人かプロを集めて交流会をやりたい。こちらも教えるから、そちらも教えてねというバーターの関係が良いな。金銭の受け渡しはなしの結社的な感じで。

2018年10月27日 (土)

稽古

2週間ほど前に、突きのコツを掴んだつもりになった。空手の稽古に出掛けて、先生の目の端でやってみてコメントを期待した。正面からどうですか?とお尋ねするのは、少し恥ずかしい。

良くなっているじゃないですかと声を掛けて頂いたので、この路線でしばらく稽古を続けてみよう。一人稽古が中心で、集まりに参加するのはその是非の確認の為だ。

引手を取るタイミングを誤解していた。左右の手をシンメトリーに動かすのだと思い込んでいたのだが、そうではなかった。インパクトの瞬間に引手を取ると、極まる。腰の締まる感覚も出て来た。どうやら骨盤の回転を戻すタイミングがチグハグだったらしい。

木刀もそうかなと試してみたら、同じだ。左の手の内が不味かった。柄頭を引くタイミングが早過ぎて、力みに繋がっていた。蹴りもそうだろうかと試してみたら、これも同じ。インパクトに合わせて、軸足の膝をコントロールしたら、速くなった。

膝を抜くことの重要性がよく説かれるのだが、長い間、これもサッパリ分からなかった。前足が着地した瞬間に抜くのね。すると、重心の移動に合わせて、後ろ足が付いて来る。地面を蹴るなと言われても、出来なくて途方に暮れていたのだが、目途がついたかもしれない。

重心を落とすことはやっていたが、重心を落とす緩急が足りなかった。落としっぱなしだと、技術にならない。充実した2週間だった。メリハリのない動きにさようなら。

2018年10月26日 (金)

ポエム

学生の頃、気に入った本を図書館でやっているみたいにラミネート加工する習慣があった。

今回、20年ぶりくらいにラミネートをAmazonで注文した。届いた商品を見て、驚いた。検索して出て来た商品を何気なく選んだのだが、20年前に使っていた商品だった。

それで、ああ、人生は自分で選んでいるのだなあと一人感慨にふけった。いや、あんまり針小棒大に過ぎるでしょうという話ではあるのだが、誰かに指示された訳でもないのに、同じ選択をしている辺りにそう感じたのだ。

運命論者曰く、全てに意味はあるのよ、と。ただ、それは好みが要因ではないだろうか。例えば、似た様な人を好きになり、似た様な人に好かれるので、似た様な結果になりやすい。

その点、好き嫌いを変えるのが、運命の変え方ということになるのだろうか。それは難しいな。

2018年10月25日 (木)

カラ咳2

未だにカラ咳のご相談が多い。そろそろ一月くらいの間は続いているのではないか。

途中で足の痺れのご相談も増えたけれど、どちらも胃の疲れが原因。胃の関係を調整すると、収まりやすい。

食欲の秋というけれど、要するに胃酸過多になりやすいのだ。整体では夏から秋になり、発汗が減ると、それが胃酸に回ると考える。また、背景には、人間も哺乳類なので、越冬に備えて体に脂を溜めようとするのかもしれない。

このカラ咳、お子さんは繰り返しやすいので、注意が要る。咳と同時に、体が火照って感じられるのも特徴。お腹などに触れると熱いのに、体温を測っても熱はないので親御さんは戸惑われる様だ。

こうした時に、どこを押さえたら良いのですか?という趣旨のご質問をしばしば頂くのだが、手技は訓練しないと難しい。

お薦めは葛湯。胃を温める様なつもりで葛湯を与えると良い。大人も葛湯が良い。中からお腹を温めると、カラ咳も落ち着くはず。後は、脂物、辛過ぎる食べ物は避けておくのが無難。

2018年10月13日 (土)

『息覚 呼吸から≪我が唯一の望み≫へ』小椋孝子・浜田貫太郎/著  幻冬舎ルネッサンス/刊

2年ほど前、栗本慎一郎さんの本を読んだら、何千~何万年か前に人類はシベリアに一斉集結しているという趣旨の記述があり、興味深かった。誰かに話を聞いてみたかったのだが、都合良く、言語学者の先生がいらしていた。丁度、ご予約が昼時だったので、施術後にそのまま食事にお誘いして、角金で話を伺った。

言語は民族と共に移動するので、遺伝子の移動を追うのが言語学の重要なアプローチなのだ。そうしたら、確かに、ある時期の南シベリアに遺伝子的な偏在が顕著に見られるのだそうな。普通に考えたら、当時のユーラシア大陸には、そこにしか住めない様な環境条件があったのかもしれない。全くの専門外なのだが、バベルの塔崩壊以前の世界にロマンを感じた。

話は脱線して、そこには神以前のコンセンプトがあったとおっしゃるので、それはアニミズムと何が違うのか?といった様なことを話していたのは覚えているのだが、何かの話の流れで、呼吸は感覚器官だという話をしたらしい。らしいというのは、実はあまり覚えていないのだが、後で言われた。

それが彼女のツボにはまったらしいのだ。というのは、日本の言語学はソシュール由来のアプローチ法が主流なのだが、海外では脳科学などを援用したアプローチ法が取り入られていて、海外での研究経験の長い小椋先生にはフラストレーションだったのだ。そこに何のイタズラなのか、呼吸が感覚器官だという話が、言語学的なインスピレーションとなった。何だか訳の分からない話だが、書いている本人にもよく分かっていないのでしょうがない。

それを論文にしたいとおっしゃるので、お好きにしたら良いですよとお応えしたのだが、これまた律儀な話で、着想は先生だから、名前をクレジットしたいというお話を頂いた。いや、そもそもがフレーズだけだし、言語学の論文にクレジットがあっても、私の仕事の足しにはならないからと再び固辞させて頂いたのだが、そうしたら、本にしましょうという話になった。じゃあ、原案とか監修で良いですとお伝えもしたのだが、共著になった。小椋先生の学者としての仁義の切り方、見事である。

10年後には誰かが書いているかもしれないけれど、今、出せば一番です、という台詞が印象的。それは楽しいかもしれない。

呼吸が感覚器官だというロジックの最初の部分を自分が書いて、そこから小椋先生が論理展開した本が出来た。まったくもってキメラの様な本だ。自分の作業はもう随分前に終わっていて、編集会議にも一度出ただけ。後の作業も費用も小椋先生にお任せ丸投げ。おんぶで抱っこの本である。だから、あまり実感がない。10歳くらいの男の子がいきなり訪ねて来て、お父さんと呼ばれた様な感じ。命名も小椋先生に依る。

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そういえば、小椋先生との出会いは、武井先生の企画されたインド旅行だ。それをきかっけにして施術にお越し頂く様になったのだが、実はそれも謎。良いところを見せた記憶が1つもない。暇さえあればタバコをスパスパ吸い、退屈したら空手の練習をし出し、旅の参加者同士で部屋に集まってトランプをした際には、ラム酒を一気に煽って、それを先生のベッドにこぼしている。人生は分からない。

2018年10月11日 (木)

『安心』11月号

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マキノ出版様刊行『安心』11月号に浮腫みについての記事を書かせて頂きました。体験者の方、編集部の方にはお世話になりました。

2018年10月10日 (水)

ヨーガ

先日、久しぶりに武井先生にお会いした。ヨーガとインド占星術がご専門だ。気が付いてみたら、10年ほどのお付き合いになっている。まあ、お目にかかる機会もそうはなく、今回もインド旅行以来だから数年ぶりになる。

10年ほど前、毎週の様にお会いしていた時期がある。整体の教室を毎週水曜日にやっていて、そちらに遠路はるばるお越し頂いていた。当時はヒッピーの巣窟の如しで、変わった方ばかりが来ていておもしろかった。当然、収集などつかない訳だが、そんな中でなにくれとなく気を遣って頂いたものだ。

会の後には参加者の方と食事に出掛けるのが常だったが、自分にしてみたら、本で読んでいた精神世界業界の著名人達の話題を知人のエピソードとしてお話になられるので、実に興味深かった。時は流れて、今ではすっかり売れっ子の占い師の先生である。

そういえば、一度だけヨーガを教えて頂いた。その時は確か、バンダといって体を締めるテクニックの練習だったけれど、肛門は締めてもお尻の筋肉は不用意に使ってはならないといった指示があり(記憶違いかもしれない)、こんなに繊細なコントロールが要求されるのかと驚いた記憶がある。スポーツクラブ的なヨガに飽き足らない方はお訪ねになられたら、きっとおもしろいだろう。

2018年10月 5日 (金)

『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』竹熊健太郎/著 ダイヤモンド社/刊

足立のスタミナ苑へ出掛けた。駅から少々離れたところにあり、車での移動が望ましい。学生時代の友人に送ってもらった。

車中、彼から転職を考えているという話を聞いた。自衛隊を経て、企業の会計という変わった経歴を持っている。最近、意に添わない異動があり、やるせないらしい。実社会に揉まれたこともない気楽なフリーランスには分からないだろうと八つ当たりをして来る。

お前にフリーランスが出来るのか?何を売るんだ?と言い返したら、俺は優秀だとのコメント。自衛隊時代も・・・とコントが続いた。その自信の根拠は謎である。

ちなみに、奴の自己イメージはドナルド・サザーランドらしいのだが、仲間内での仇名は田沢である。褒め言葉だ。肉を焼いたら煙が彼の方へ行くので、煙にも優秀な方が分かるんですなあと付け加えておいた。いやまあ、わざわざ家まで送迎してくれるナイスガイではある。

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さて、『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』を読んだ。タイトルにドキリとして買ったのだが、フリーランスには発達障害が多く、会社勤めが出来なくてそうなっている人も多いという記述があり、やり取りを思い出して苦笑した。

確かにそうかもしれない。25歳の時に部品メーカーに就職している。整体だけをやっていてもモノにならない予感があった。足りない部分が足を引っ張るからだ。そこで、一番向かないことをやろうと営業職を選んだのだが、案の定、半年ほどで辞めている。給料を貰いながら行儀見習いをさせて頂いた様なもので、会社には申し訳ないことをした。

しかし、それも向き不向きというものだ。結果的に、フリーランスは性に合っていた。自営業は始めるのは簡単だが、続けるのは難しい。成功の甘さも失敗の苦さも一人占め、そこが良いのだけど。たまに、開業のご相談を受ける機会もあるのだが、整体以前にまずは会社勤めが合うのか、自営業が合うのかを自己分析するべきだろう。

タイトルについては、これは出版業界の話題だが、仕事の発注主が年下になると仕事が減るという身も蓋もない内容だった。カメラや編集、制作の仕事には雑用に近いものもあり、年上には気軽に頼みにくいとのこと。この点については、手技業界は逆。どういった年齢層を相手にするのかにもよるけれど、クライアントの立場からすると、自分の子どもくらいの年代の相手を頼るのは難しい。

自分の場合、早いうちに開業したので、それ故に苦労した反面、周囲の若さへの期待もあったのだろうなあと思い返すことも多い。ただ、年齢に応じて、期待されるものも変わって来る。若い頃の仕事のスタイルが、年を経ても通用すると考えるのは錯覚だろう。

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