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2019年1月

2019年1月28日 (月)

腰痛

健康って大事ですね。

 

一昨日、施術中に腰を傷めたのだ。気合を打ってなんとか保たせたのだが、脂汗がダラダラ出た。

 

おもしろかったのは、型通りに綺麗に動くと痛くはない。少しでも雑に動くと酷く痛む。

 

そういえば、普段からそれはそうで、体調不良でも施術中は動けるのだ。修行時代に足を折った際にも、ギブスは外して数日後には稽古をしていた。そういう時は、終わるとへたっている。

 

しかし、もうすっかり大丈夫だ。フラダンスを踊れるくらいに回復している。まあ、習ったことがないので、踊れはしないのだが。

 

近頃、腸の固い方が多いので、自分のお腹を押さえてみたら痛い。毎日、人に言っているのに、自分もそうとは世話ないなと笑ったのだが、腸の固さが取れてもまだ痛い。

 

体を調べ直したら、仙骨がおかしい。仰向けになって股関節を回すとゴリゴリ音がする。心当たりはあって、この一月ほど片足立ちのトレーニングを続けていたのだ。それが原因かもしれない。

 

1分やったらウォーキング50分ほどの筋力を使うというのでやっていた。最初は1分も怪しかったのだが、今は数分は立てる様になっている。

 

片足立ちだけの効果ではないが、確かに効果はあって、Lサイズが合わなくなってMサイズのシャツを買ったくらいだ。調子に乗って、膝を高く上げていたのだが、多分、そのせいで仙骨を固めてしまったのだろう。

 

仰向けになって仙骨の矯体操法を試したら、急に楽になった。あまり施術で使うこともなかった技術だが、意外と使えることが分かったことだけは収穫だ。

2019年1月26日 (土)

身体の過敏と鈍感

研究会もスペースの都合があるので、そろそろキャパいっぱいだろうか。全員が揃うことはまずなく、各回の参加人数にバラつきは激しいのだが、多く集まることを想定すると後2人というところだろう。

本当は、自身の習い事の経験からは、四人が一人の指導者の眼が行き届く範囲だという実感もある。それ以上だと学習効率は段違いに落ちる。

先日は、身体の過敏と鈍感をテーマにした。症状の因果関係を理解する為の必須条件。

つまり、症状は結果であり、結果と原因は異なる。例えば、腰痛として感じられるものの多くの実態が、便秘であったり、内臓の緊張が原因となっている様なケースが多い。

人間の感覚は鋭い様で鈍い。本人の自覚的な部位に症状の原因が見つかることは極めて稀である。肩凝りの酷い人の自覚症状がしばしば乏しく、頭痛のみを感じるといった様なことがよくある。

自覚する症状の背後には原因となっている問題があり、それを見つけ出して行われる施術には体質改善の機会がある。

また、問題を言い換えると、身体の機能不全であり、施術によって機能が回復すると好転反応が起こる。便秘の人のお腹の働きが回復すると、デトックスが起こるのは当然のことだ。

体表の温度で過敏と鈍感の部位を区別すると、過敏部位は熱く、鈍感部位は冷たくなっている。施術上の注意としては、手技療法で過敏部位の調整を行うと、一時的には楽になるが後に悪化しやすいということがある。肩凝りの人の肩を調整してはいけないのだ。原因は別にある。

その原則は、捻挫や骨折などの急性症状にも適応される。足首を捻った際には、お腹を調整するのが定石。すると、触れてもいない足首が楽になる。

2019年1月24日 (木)

ウーロン茶

インフルエンザが流行っているのだが、お臍の周りの固い人が多い。要は小腸だ。

インフルエンザの前提としての腸の疲れが見える。近頃の発熱、関節の痛みなどは、大体、お臍の周りを押さえると良くなるのだ。

これは天候の影響で、気温が高い割に風が冷たいせいだろう。普通は寒いと腎に来るので、この辺りはイレギュラーだ。

また、腸とセットで胆の場所が固い人も多い。要は脂を分解する働きに負担が掛かっているのだが、これはこの2週間くらいの特徴。

胆に負担が掛かると、舌にトラブルが出ることがあるのだが、それも続いた。舌がモツれたり、味覚が鈍くなったり、舌先が痛んだりというのが、ご相談のバリエーション。

どちらにせよ、お腹が疲れているので、香辛料と脂物を避けておくのが無難。ウーロン茶を飲むのがお薦め。

しかし、先日、声楽をされる方とそんなやり取りをしていたら、ウーロン茶は喉の脂を落とすので常飲はしないという話を伺った。結構、強いものね。まあ、それでも、今の季節には合っている。

そういえば、香港でプーアル茶を買って来るつもりだったのに、すっかり忘れていた。

2019年1月21日 (月)

顔の調整

一昨日、ふと思い立って、自分の顔の調整をしてみた。

頭蓋の形状を整えて、頬骨の癒着を取った。顎の可動の左右差も合わせてから鏡を見たら、面長になっていた。そういえば、若い頃はもう少し顔が細長かった様な気がする。

ところで、顔に関連して、ネタ元の記事は見つからなかったのだが、弥生時代の殺害された遺骨を分析すると、顔の細長い男性の遺骨が多かったという記事が興味深かった。

その記事のオチが酷くて笑ったのだが、男性ホルモンであるテストステロンの分泌が多くなると、顔の横幅が広くなるそうで、現代でも、経営者には顔の横幅の広い人が多い傾向が見受けられるという趣旨の解説されていた。

つまり、先史時代とは、細面の男性が幅の広い顔の男性に殺害されて来た歴史である、と。


トロント大学社会心理学科の調査:お金持ちの顔:人は本能的に顔から相手の所得を判断することが出来るという内容の記事

2019年1月19日 (土)

手技の魔術化

空手もだんだん長くなって来たのだが、型はサンチンしかやって来なかった。やると、呼吸の内圧が高まって、空気の詰まったタイヤみたいなゴツい体になる。

しかし、重たい体がご自慢だったのだが、剣術をやったらサッパリ通用しなかった。組み型で何回か額を割られかけて、何年も何をやっていたのだろうかとガッカリした。一発は重いが、動きがブチブチと切れるので使いものにならないのだ。

それで、昨年末からナイファンチの稽古を始めた。通常の人の動作は一呼気一挙動だが、この型は一呼気で三挙動くらいを要求するので、やっているうちに自然と動きが速くなる。

副産物で足が速くなるのがおもしろい。これも2、3年やればある程度はものになる見込み。いや、なってほしい。

人間の動作は呼吸とセットなので、人体を扱うジャンルでは呼吸にコツがある。整体の場合、長い呼気が要求される。強いではなくて長いというのがポイント。

加圧する時には息を自然と吐くが、呼気の切れ目で力が途切れる。相手の呼吸の切れ目には筋肉の弛緩が起こるので、そこまで力を掛け続けることが出来れば調整は容易い。

人体は他人からの干渉には本能的に抵抗する。ただ、その持続時間は短い。例えば、1分間、拳を固め続けてくださいと案内をすると、本人は固めているつもりでも呼吸の切れ目にはその力が抜けている。

先日、生徒の跨ぎを受けたが、圧を掛け続ければいずれは弛緩が起こるのだが、その前に力が切れるので上手くいっていなかった。基本的な深息法の訓練をすると、それは上手になる。

一方、ある種の手技では、呼気の頂点に触れるか、吸気の頂点に触れるかの判断が重要になる。呼気においていは弛緩、吸気においては緊張を誘導する。その作用は逆ベクトルになるのだが、この辺りを意識し出すと情報の処理数が多過ぎて術者の負担が大きくなる。

一瞬、軽く触れるだけで変化する様になるので、傍目には手技の魔術化が進むのだが、現状、それをやるとかえって神経的に疲れるという段階。普通の手技に落ち着いてしまう。自分の手技上の課題だ。

また、玄人ウケはするのだが、施術を受ける人にとってはどうだろうか。不思議ちゃんぶってんじゃないぞと受け取られるかもしれない。これも検討の必要がある。

2019年1月15日 (火)

頭部の角出し

昨夜は神楽坂で食事。

フレンチなので久しぶりにジャケットに袖を通したのだが、筋トレの成果が出ているのか丁度良いサイズになっていた。これは確か、上京の際に母親が持たせてくれたものだ。

結構、食べた。あまり飲まなくなりましたねと言われたのだが、そうかもしれない。そのうちにプロテインジュースなどを飲み出したら、気持ち悪いな。誰か止めてほしい。

そういえば、昨年の7月に近所の酒屋が閉店した。最後の一週間は半額セールだったので、ブランデーを大人買いした。しかし、瓶が並んでいるとそれにウンザリしてしまって、かえって飲まないものだ。人に配ってしまって、もうあまり残ってはいない。

酒には、単純なアルコール度数では判断出来ない体との相性がある。自分の場合、ビールは好きだが一杯だけ。それ以上だと眠くなる。赤ワインにはお腹を下したトラウマがある。安酒でなければ大丈夫なはずなのだが、白ワインばかりを頼んでしまう。大体、シャルドネ。

日本酒は吟醸くらいが好きだ。大吟醸になると、どの銘柄でも似た様な味に感じる。舌が悪いだけかもしれないが。

最近、ヴァニラアイスにレーズンを載せて、そこにウォッカをかけると、ハーゲンダッツを軽く凌駕することに気がついてしまった。

強い酒は平気だ。好きな銘柄ならその気になれば、ウィスキーの一本くらい空けてしまう。でも、実は平気ではないのかもしれない。肝臓で分解出来ないから、酔っ払わないのではないか?という懸念もあるのだ。

頭部には肝臓の中毒の出る場所がある。通称を「角出し」というのだが、中毒状態だと後頭部の角が尖る。ワインを飲み過ぎるとちゃんとそこに出るのだが、ウィスキーだと出ない。かえって、体には負担かもしれない。

やたらな大酒飲みは、酒に強いというよりも体が鈍っているから飲めてしまうのかもよという野暮な話だった。

体の保湿と症状

いつもの居酒屋ランチに行ったら、お姉さんから、しゃがむと膝がポキポキ鳴るのでなんとかならないか?と尋ねられた。確かに、しゃがむと見事な音がした。

一見して体の乾燥が強い。水を一杯飲んでから、もう一度しゃがんでくださいとご案内したところ、今度は鳴らない。お姉さんは不思議そうにしていたのだが、そういうものなのだ。

関節の動きの悪い場合、水を飲むとその場で改善するケースがある。全てがそうではないが、中高年以上には多い。それだけ体が乾燥しているのだ。

木の枝でも想像したら、多少は想像しやすいのではないだろうか。乾燥していると固いが、水気があるとしなって柔らかい。関節というか、その周囲の筋肉にはそうした性質がある。

興味深いのは水揚げした切り花の様な即効性のあるところだ。そんな短時間で吸収される訳はないから、なんらかの体の反応が起こるのだろう。

例年、冬になると乾燥が強くなるので、関節痛のご相談が増える。端的に、体の水分吸収が良くなる様な施術をした後に、水でも飲んでもらうとそれで改善しやすい。

先日も足が激痛でまともに歩けないという方がいらしたので、腸を押さえてから水を飲んで頂いたら、それで大分マシになった。

もう体は春モードに近づいているのだが、昨年から今年にかけては天候不順なので、今頃になって乾燥と冷えが原因の症状をよく目にする。

関節の痛み、発熱、喉の痛み、等、その症状は割と派手だ。

2019年1月10日 (木)

武井壮

痩せたと言われる様になって来たのだが、お付き合いの長い人達からは信用されていない様な気もする。いかにすぐに痩せてみせてすぐに戻ってしまうのかを知っているからだ。

タダでは痩せずに、13キロ痩せた時には雑誌の記事にして頂いている。その時は体温を上げるという摩訶不思議な方法を使ったのだが、今回は普通に筋トレをしている。

今年の抱負は逆立ちで腕立て伏せを出来る様にすることなのだが、まず逆立ちが出来ない。それで動画でやり方を検索したら、武井壮の動画が見つかった。

この人もブレイクして10年くらいになるだろうか。発見者はピエール瀧だと伝えられている。薄暗いバーの奥で犬用の骨型ガムを噛んで顎を鍛えている筋肉ムキムキの男を見つけて驚愕したという都市伝説がある。ちょっと出来過ぎた話だ。

さて、逆立ちの解説を見ると、壁でまずやり方を覚えるのだが、壁に対して背中を向けるのは間違いだとの解説がされていた。曰く、それだと腰が反りやすいので、正しい姿勢が身に付かないのだそうだ。むしろ、壁に対してはお腹を向けるべきだと解説がされていた。また、人は踵よりもつま先が敏感なので、その方が身に付くのが早いとも解説されていた。

この人、言う事がロジカルなのだ。他の運動能力の改善がテーマとなっていた番組においても、話すことが洒落ていて感心したことがある。例えば、眼を瞑って両腕を平行に上げる様に指示すると、ほとんどの人が間違っている。まずはそういうところからだとの解説がされていた。

しかし、筋トレを続けていると確かに筋力が上がったのは体感出来るのだが、動きにムラが出る。型を打ったら違和感があるのだ。腐ってもその辺りの感覚には敏感なつもり。

筋トレだと、どうしても鍛えられた部分とそうでない部分の差は出やすい。空手をやっていると、突きの上手な人が肩を傷めるのを見る事があるけれど、部分ごとの出力に差が生じると怪我をしやすくなる。運動神経の良い人ほど怪我をするみたいなことがよくあるけれど、それは怪我をするくらいに出力が高いからだ。運動音痴だと逆にあまり怪我をしない。

いや、それは筋トレのやり方が間違っているのではないかという意見もあるので、ちょっと考えてみたい。

2019年1月 7日 (月)

昭和の人情話

昨日、近所のラーメン屋で昼飯を食べていたら、無銭飲食を見てしまった。

お婆さんがお金がないというのだが、店主は数十円を受け取ってこれで良いとの男前な台詞。逆に、ガス代はあるの?あげるよと声を掛けていた。昭和の人情話かよと一人感動しながら、ラーメンを啜った。塩味が濃いラーメンだったなあ。まあ、嘘だ。そこで泣く様なタマではないし、味噌味だった。

お婆さんは娘が迎えに来ると言うのだが、ちっとも迎えは来やしない。出て行った後で、店主がボケ始めてんだよとボソリ。昔からのお客さんらしい。

しかし、なんだかもの凄くシンミリとはしてしまった。将来、お一人様が増えるのは確実だが、世の中どうなってしまうのだろうか。

みんな人付き合いの面倒を嫌がるけれど、自由と孤独の等価交換には違いない。それとも、肩寄せ合ってシェアハウスにでも住むのだろうか。10数年ぶりにダメ連などを思い出したけれど、あれはどうなったのか。当時はかろうじて諧謔だったが、今だと生々しいな。

2019年1月 4日 (金)

『ボヘミアンラブソディ』

年末に『ボヘミアンラブソディ』を観た。重要なネタバレ。フレディ・マーキュリーは死んじゃうんですよ。

さて、胸に刺さる映画だった。元の奥さんと別れた辺りから彼の破滅は始まるのだが、彼は彼らしく生きただけなのだ。

ところで、年末に違う場所で2人の女性から、バイセクシャルっぽいという寸評をされた。え?っとなったのだが、ホルモン関係を調整してある為かもしれない。

斜め上の話だが、男女の気の走行は逆になる。それを調整して、女性仕様にしてあるのだ。何の為か?髪の毛の為だ。

一昨年くらいにちょっと危険を感じて、慌ててそんな調整を始めたのだが、結果は良好。最近は鏡の前でしんねりむっつり分け目をチェックすることもなくなっていた。

しかし、もう5年ほども前だろうか。フェミニストの女性とご飯を食べていて、男性にしては珍しく女性的な感性があるのに、マッチョなのが残念だとの感想を伺ったことがある。勿論、マッチョというのは精神的な意味だけど。

いや、心身ともに鍛えないとダメじゃない?という反面、最近、ふと考えることもある。コンプレックスをバネにした表現には強力な動機はあるのだけど、その射程は短いのだ。

明示

今日の研究会では、身体が言葉にどのくらい反応するのかを実験した。

auにお勤めの方がいたので、肩に触れながらソフトバンク、docomoと囁くと肩が固くなので、優秀なサラリーマンですねとおもしろがって笑った。auと言うともっと固くなりますとおっしゃるので、やってみたら確かにそうだった。一方、ゴールデンウィークと囁きながら触ると、すぐに柔らかくなった。

他にも幾つか試してみたが、例えば、胃の位置よ上がれと言うと上がるし、柔らかくなれと言うとちゃんと柔らかくなる。ハッキリと分かりやすく伝えているので、こうしたやり取りは暗示ではなくて明示。

メカニズムがまだよく分からないのだが、身体は意外なほどに言葉に反応しやすい様だ。普段、手技で苦労してやることが言葉で簡単に出来てしまうので、実はちょっとしたショックでもあった。

ただし、関係性というファクターは無視出来ない。親しい仲だから成立しているという可能性は高い。被暗示性の強さにも個人差が出そうだ。また、身体的な構造を変えないままなので、持続性についても疑問が残る。

それにしても、実験結果を今後に活かすのならば、不動産会社勤務の方が来たからといって、うかつに不動産の話はしない方が良いのだろうな。かえって緊張させてしまいそうだ。むしろ、今までは逆をやってしまっていたので、反省した。

2019年1月 3日 (木)

美犬

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新年初日のお客様は犬。二回目のご来院である。

前回のご相談の一つは肝臓の数値が高いというものだった。動物病院に行って検査をすれども、原因は不明とのこと。

拝見すると確かに肝臓がつっかえているので、何か変わったものを召し上がっていませんか?とお尋ねしたところ、馬のジャーキーをお召し上がりだという。

じゃあ、それを止めてみてくださいとご案内したところ、しばらくして肝臓の数値は下がった。

最近、犬の食事はハイプロテインが流行っているらしいのだが、そうした一見、体に良さそうなものは盲点になりやすい。良かれと思ってやるから、まさかそれが原因とは気がつかない。

人間にも同じことがある。以前、胃腸の調子の悪い方がいらしてお体を拝見したのだが、何か体に合わないものを召し上がっている様に見える。それで水を向けたが、心当たりはないとのこと。

しかし、しばらくして分かりました、オリーブオイルですとのお返事があった。何にでもおかけになられていたというお話だった。止めてほどなくして胃腸の調子は上向いたのだが、ご自分で気が付かれたのは立派。なかなか分からないものだ。

経験的に、辛い物、揚げ物、香辛料が負担になっているケースは多い。また、それが盲点になりやすい。体質的に腸が敏感な人は気をつけたら良いかもしれない。便秘とか、意外に良くなるかもね。

そういえば、人間でも肝臓の数値が高いことを気にされて、断酒をされる方が多い。その割に、数値は変わらなかったというお話も伺うのだが、それはちょっと気が早い。薬にも半減期があるけれど、酒が抜けるのにも時間が掛かるのだ。二ヶ月ほど前から準備をしたら、結果も違うかもしれない。

ところで、大晦日に友達と会っていたのだが、買っている犬がヘルニアになって困っているという話を聞いた。頼まれもしながったが、どうだろうなあ。ペット整体はやってみて分かったのだが、小型犬が限界。ジッとはしていないので、抱っこをしながら施術をすることになるからだ。

相談内容にしても、脚が動かないとかその手のものには実績があるのだが、ヘルニアかあ。自信があるかと問われたら、黙ってしまうな。

まあ、大概のことはやってみなければ分からないのだが、それは人間も一緒。腰痛一つを取っても、十把一絡げには出来ない。若い人の酷いギックリ腰があっさり良くなったかと思えば、ご高齢の方の軽い腰痛がまったく良くならないなんてこともある。

時々、初めての方から、電話でこれは良くなりますか?とお問い合わせを頂くのだが、やってみなければ分かりませんとほとんどの場合は断ってしまう。安請け合いは出来ないのだ。

2019年1月 2日 (水)

橘玲『言ってはいけない』

天才の定義を問われたら、それはジャンルを創った人だろう。IQが高いとか、そういうことではない様な気がする。

例えば、耳ツボマッサージで痩せるとか、正直、まったく信じられないのだが、最初に始めた人は天才に違いない。

才能の定義を問われたら、それはその場に居るということではあるまいか。そもそもが、自分が何に向いているのかを知っている人が少ない。

そういえば、しばらく前に橘玲『言ってはいけない』を読んだ。

作中、遺伝と能力の相関関係を調べる研究が紹介されていたのだが、一卵性双生児の研究を引用して、空間把握能力や音楽的能力、数学的な能力など、ほとんどの能力において遺伝が決定的であるというデータが紹介されていた。

なんと身長よりも有意だというのだから、絶望的な話だ。みんな運動だと諦めるのに、勉強だと根性論に走るよねと橘玲らしいまとめ方がされていた。

ただ、それは教育を無意味化しない。一通りやってみないと、どの様な才能があるかなど分からないと結論づけられてもいた。

また、これは作者は書いていなかったけれど、そのデータを眺めると言語能力は後天的な要素が大きい。しかし、それを受けて、小さい頃からの読み聞かせや読書は重要かもねというボンヤリした話以上のものが出て来ない辺り、どうやら教育についての自分の才能は枯渇しているらしい。

最近、人から聞いて納得したのは、筆圧が強いと勉強嫌いになるという話。余計に疲れるからだそうだ。

なんだか締まりのない話になってしまった。いや、必ずしも著者に同意する訳でもないのだ。

どうしてこんなことを書いているのだろうかとふと我に返ったのだが、思い出した。先日、人と幸福って何だろうねという話をしていたのだ。志向と才能の一致かなあ?と応えたのを覚えている。

例えば、能力は高いけれど、やりたいことがないということも多い。大人になってからする自分探しは本人も周囲も辛いので、選択可能性を広げるというか、子どものうちに多様な体験させてあげるのが親の責務だろうか。才能が動かないものだとしたら、志向の方を動かしてしまえ。好きなものを増やしておくと、幸せになりやすいかもしれない。

中尾拓哉『マルセル・デュシャンとチェス』

昨年は香港で詠春拳の道場を見学させて頂いた。

その動きは連続する型で構成されるのだが、現代日本人から見るといささかファニーに見えるかもしれない。つまり、何の為にやって、どの様な意味があるのか分からない。

例えば、タイトルは忘れたが、松尾スズキが出演している映画で、突然登場した子どもが綺麗な空手の型をやった後で、だからどうしたと松尾スズキが頭をはたくシーンがあったと記憶している。勿論、ウケ狙いの演出だ。

しかし、端的にあれは漢字だろう。人文字ですよ。漢字の連なりと同様に、動きを連ねて表現している。中国人の思考パターンを動作として表現すると、あの様な様式になるのではないか。まあ、中国武術は専門外なのだが、空手も広義の意味では中国武術の範疇に違いない。

そういえば、年末、那須川天心VSメイウェザーが話題だったが、ボクシングのトレーニングには、やはり西洋的、工業的な思考パターンが反映している様に見える。あの出来上がった身体を見ると、優れた工業製品の様ではないか。

身体的な表現、美学にはその文化の思考パターンが出るので、比較文化論的におもしろい。これは自分の馴染みのあるジャンルについての話だけど、舞踏や絵画、あらゆるジャンルで同様の現象が観察出来るのではないだろうか。

この辺りをまとめるとおもしろい文章になりそうなのだが、そこまでの知的能力はないので、ここで放り出してしまおう。

どうしてこんなことを書いているのかというと、中尾拓哉さんの『マルセル・デュシャンとチェス』を読んでいる途中だからだ。昨年の正月に友達から貰ったのにまったく読んでいなくて、今頃になって読んでいる。

デュシャンが絵画を離れてあの様な表現を志向する様になった理由は、視覚的なものよりも脳的な美を追及していたからだという趣旨の解説がされていて、その中間を埋めるものがチェスだったという精緻な論理展開がされている。

作品が脳内にあるうちは完璧なのだが、表現された途端にその劣化になるという趣旨の文章が、なんとなく胸に沁みる。彼の表現はそれを回避する為の方法論だったという話でしょう。素人なりに例えば、書道は?とか連想するけれどね。脳と作品が近いというか、より純粋芸術に近いかもしれない。そんな雑な話でもないのだろうが、あ、それでキース・ヘリングかとここまで書いて気がついた。

こうした話になぜ関心を持つのかというと、例えば、整体もパイオニアから数代になるとその表現が多様化するし、既にそうなっているからだ。それは弁証法的にそうなるというよりも、もうその人そのものと不可分な領域。要は時代背景とか本人の悩みね。

最近、ちょっと仏教に興味があるのも同様の理由だったりもする。日本の仏教の各宗派を眺めると、対象の解釈についてのパターンが綺麗に並んでいる様に思えるのだ。そんなに知らないんだけど、他のジャンルからフレームを持って来るとイメージはしやすい。

紅の豚

体幹トレーニングのプランクが苦手。特に横になってやるプランクが出来ない。

ところが、今日、本を読みながらやっていたら楽に出来た。どうしてだろうかと動きを見てみたら、本を読もうとすると結果的に、首で体の側面の動きをリードしている。

施術でも、体幹の側面のトラブルから寝違い的に首を傷めるケースが多いので、その相関関係になるほど納得した。

よくあるケースが、飲み過ぎが数日続いて肝臓が縮んだ為に起こる首のトラブル。胴体と頸椎の可動域にムラが出るので、頸椎が過伸展して痛む。

ちまちま筋トレをするのも楽しくなって来たのだが、一瞬、逆立ちに成功して喜んでいたら、今度は背中を過伸展させて傷めた。飛べない豚はただの豚だ。

香取神宮

昨日は千葉の香取神宮へ参拝。

東京駅の八重洲口から高速バスで向かうことにした。停留所前の売店が正月の振る舞い酒に大関を配っていたので、列に並んだ。

ほろ酔いで愕然。列に並んでいる間に自由席が埋まってしまった。相乗りすることになったのだが、隣席は通訳をしているラオス人青年だった。

東南アジアの地図がいちまち脳裏に浮かばないが、タイの隣国で文化的にも近いという。言葉も似ているし、料理もタイ料理に近いそうだ。ラオスの正月は4月、1週間ほども祭りが続くそうで、旅にお薦めだそうだ。水を掛けられるらしい。また、6月になると雨季になるので、お薦めはしないとも。

仕事の話になったので整体と答えたのだが、通じない。日本のマニュアルセラピーだと伝えたら分かってもらえたのだが、ついでに脈を取って、塩を取るともっと元気になりますよと伝えておいた。こういうことが分かると。

東京駅から香取神宮までの所用時間は約80分。そろそろ話題も尽きる頃に着いた。

さて、香取神宮に参拝したのは、この数年、香取神道流の剣術を学んでいる為だ。これからも続けるので、一度、お参りしておきたかったのだ。

しかし、難しいからおもしろいというのはあるな。特に、動きを繋げるのが難しい。ブチブチと切れてしまう。空手でいうとナイファンチ的な動き。これが出来ると手技も変わるだろう。

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