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2019年1月 2日 (水)

橘玲『言ってはいけない』

天才の定義を問われたら、それはジャンルを創った人だろう。IQが高いとか、そういうことではない様な気がする。

例えば、耳ツボマッサージで痩せるとか、正直、まったく信じられないのだが、最初に始めた人は天才に違いない。

才能の定義を問われたら、それはその場に居るということではあるまいか。そもそもが、自分が何に向いているのかを知っている人が少ない。

そういえば、しばらく前に橘玲『言ってはいけない』を読んだ。

作中、遺伝と能力の相関関係を調べる研究が紹介されていたのだが、一卵性双生児の研究を引用して、空間把握能力や音楽的能力、数学的な能力など、ほとんどの能力において遺伝が決定的であるというデータが紹介されていた。

なんと身長よりも有意だというのだから、絶望的な話だ。みんな運動だと諦めるのに、勉強だと根性論に走るよねと橘玲らしいまとめ方がされていた。

ただ、それは教育を無意味化しない。一通りやってみないと、どの様な才能があるかなど分からないと結論づけられてもいた。

また、これは作者は書いていなかったけれど、そのデータを眺めると言語能力は後天的な要素が大きい。しかし、それを受けて、小さい頃からの読み聞かせや読書は重要かもねというボンヤリした話以上のものが出て来ない辺り、どうやら教育についての自分の才能は枯渇しているらしい。

最近、人から聞いて納得したのは、筆圧が強いと勉強嫌いになるという話。余計に疲れるからだそうだ。

なんだか締まりのない話になってしまった。いや、必ずしも著者に同意する訳でもないのだ。

どうしてこんなことを書いているのだろうかとふと我に返ったのだが、思い出した。先日、人と幸福って何だろうねという話をしていたのだ。志向と才能の一致かなあ?と応えたのを覚えている。

例えば、能力は高いけれど、やりたいことがないということも多い。大人になってからする自分探しは本人も周囲も辛いので、選択可能性を広げるというか、子どものうちに多様な体験させてあげるのが親の責務だろうか。才能が動かないものだとしたら、志向の方を動かしてしまえ。好きなものを増やしておくと、幸せになりやすいかもしれない。

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