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2019年3月

2019年3月30日 (土)

息を姿に現す

手技と気功的な訓練は、分けて習うのだが、だんだんと合流して来る。これが、おもしろい。

跨ぎの型なども、密度のある動きを心掛けていると、感応によって、手で触らなくとも、跨ぐだけで脊椎が変化する様になる。

転じて、フーハーと息するのが、気ではないという事が察せられる。その息を動的に、型として表現する様になる。息を姿に現す。

自分は吸気が得意で、動きもフニャフニャと柔らかい。その点、エネルギー余りの実症の人が来ると、本当に上手だよね。自画自賛してしまう。エネルギーが抜けるから、スッキリするだけなのだが。

一方、虚症はどうなんだという話もあるのだが、それも得意になりつつある。柔らかさの中に剛を持つというのが、整体の型におけるテーマ。

復活

脚の力を抜いて、足裏を意識する様になったら、かなり体の使い方が変わった。

腰腹を支点にしなくなったので、体感的に楽だ。背中も、急に柔らかくなった。一方、足指の固定力の要求が増して感じられる。

これまでは引手で動かすというか、骨盤の横回転で運動を処理していたのだが、骨盤の縦回転の運動がスムーズになった。背中にスッと力が通るのを感じる。苦手だったセイサンが楽しい。

姿勢を低くして、重心を落とすスタイルだったのだが、そこまで姿勢を低くしなくとも、動けるではないか。フットワークが使える。もう少し、上達出来る様な気がして来た。

最近、体調も良くなったので、やたらに動きたいし、書きたくなっている。ココログの復旧も順調で、スタッフはお疲れさんという感じ。

床屋政談、或いは人相学的な何か

志らくの湯への道すがら、神奈川県知事選のポスターを見た。

見ながら、ボンヤリ思ったのだが、どうして政党を確認しなくとも、顔で政党の見当がついてしまうのか。もしかしたら、この辺りが、日本の政治の貧しさなのかもしれない。

そういえば、野田元首相の在任中、自民党みたいな顔をしていますけど、民主党員ですという冗談を飛ばして、これはおもしろいと感心したことを思い出す。確かに、顔に出るのだ。

一方、共産党の候補者は、三種ばかりだ。宮本顕治からして、三種に八種が混じったみたいな外見をしている。野坂三参は二種九種混じりか。維新の党とか、エグザイルトライブみたいだし。なんかみんな眉毛が細くて鋭角なのだ。

なんというか、懐の狭さというか、パターンの少なさを感じなくもない。政治家は、裏表があった方が良いし、政党には色んな人材が集まった方が良いのではないか。

宇多田ヒカル『あなた』

先日、お越しになられた方から、ここで甲状腺も良くなったという話を伺ったのだが、そんなことはすっかり忘れていた。

あれは978操法をガンガンやったのだったか。臨床記録をまともに取っていないので、勿体ないかもしれない。似た様な話がいっぱいあって、人に言われて思い出すことも、思い出せないことも多い。

定石として整理するよりも、体を調べて、必要な調整を見つけ出す能力を重視している。

今週の研究会では、人の動きのイントネーションを見るという訓練を行った。人それぞれに力む癖があるので、肩が力む人は肩で風切るみたいに歩くし、うつ伏せになる時にも肩から床に近づくみたいな動きになる。首が力む人は、立ち上がる時も首から動くし、どの様な動きをしてもそう。

観察は、目で見つけるのが一番早い。昔は目で見つけるのが苦手だったのだが、仕事をしているうちに自然と見える様になった。訓練もしやすい。歩いている人をひたすら眺めていたら、目が慣れる。

ただ、見落としも出やすいので、手で調べる検査も省略は出来ない。一方、手で調べると正確だが、時間が掛かるという欠点がある。視覚的な観察と触覚的な観察を上手く組み合わせる必要がある。

人に教えておもしろいのは、人によって、感覚の得意不得意があるところだ。世界を視覚的に捉えるのか、触覚的に捉えるのか、いずれにせよ、同じ様に捉えてはいない。

観察には、声のハウリングで見つけるなんて方法もある。基本的に、声は、力んでいるところでハウリングさせるのだ。例えば、胃の悪い人は、胃にハウリングをさせて発声する。

特徴的なのは宇多田ヒカルで、あの高音は眼球にハウリングさせている様に聴こえる。以前は両目だったが、『あなた』のPVを聴くと、右目のハウリングを感じる。若い頃の宇多田ヒカルは、聴くと頭が緊張するので苦手だったのだが、これは好きだな。

噛み合わせ

先々週、帰省して、祖母の見舞いに行って来た。

体を見ようとしたのだが、モゴモゴして嫌がる。まあ、相手からしたら、知らないオッサンに触れられる様なものだろう。

もう右も左も、自分のことすら分からなくなっているが、そういえば、昔から身体的な接触を嫌がるタイプだった。目を合わせると逸らす。元気な頃から、まともに施術をしたこともなかった。

それでも、顎がズレていたので、歯の噛み合わせの調整だけはやっておいた。感想もないので、張り合いはなく、自己満足の世界ではある。

最近、歯の噛み合わせの調整に凝っている。顎のズレと頚椎の上の方の硬直を取るのに便利だ。

普段から、小首を傾げたみたいな姿勢の人がいるけれど、左右の片側だけが噛みやすいと、噛みやすい側に首が傾くので、それは噛み合わせが原因かもしれない。意外と簡単に良くなるものも多いので、歯を削るのが勿体ない場合がある。

wordpress

体の使い方を工夫していて、梃子の原理をモデルとして、脚が力点、腰腹が支点、腕が作用点というのが、私的なドグマだった。

それで威力はだんだん上がって来た。突いたら人が飛んでいくので得意になっていたのだが、そのうちに脚の各関節が痛み出した。使うところに負担が掛かる。まあ、そりゃそうだという話ではある。

どうしたもんだろうかと考えていたのだが、ああ、力点は地面かなと発想を変えた。地面が力点、足の裏が支点で、体全体が作用点。

木刀を振ったら、かつてなくブレが小さいので、これは良いかもしれないと、現実逃避をしている。

本当はホームページを作り直さないといけないのだが、腰が重いのであった。

先日、高田馬場のとん太で久しぶりにヒレカツを食べながら、人とそんな話をしていたら、wordpressを薦められた。wixやjimdoで良いんじゃないかという意見もあるのだが、ドメインを変えたくない。業者に頼んだらとも言われたのだが、気に食わなくて自分で作り直すのが目に見えている。そんな訳で、勉強をしないといけない。

2019年3月28日 (木)

本質主義と細部

ツラツラと考えていたのだが、本質主義になり過ぎると、細部を取りこぼしやすい。

セミナービジネスのダメなところで、そんなところで学習しても、中間がないので使いものにはならない。試行錯誤なしに、果実だけを得ようとしても、無理がある。

一方、細部にこだわり過ぎると、専門バカというか、まったく応用の利かない代物になる。その言語は、インナーサークルでしか通用しないのだ。

本質主義には欲が、細部には愛が宿る様な気がする。どちらも必要で、バランスが重要なのではあるまいか。いや、ジャンル自体への愛がないと、細部には目がいかない。良い意味で、部外者にはどうでも良い様な細部の違いを気にするのは、そのジャンルのオタクだけだ。

自分はどうだろうかと省みると、近頃、愛が圧倒的に足りない。ユーザー視点がなさ過ぎなのであって、もうちょっと身近なものにしたい。というよりも、もう少し他人の活動に興味を持つべきだろう。

2019年3月27日 (水)

花粉症の話再び

花粉症の方から、水を沢山お飲みになられて、お腹がくだったら、鼻水が劇的に減ったというお話を伺った。

お体を拝見したら、リンパの張りが取れていて、確かに、変わっていた。

春はデトックスの季節だと言われている。人間も哺乳動物なので、冬の間に寒さに備える為に脂を溜め込む。春になると、それを捨てる。

よく春の七草などと言うけれど、あれはある種の下剤でもある。冬眠から覚めた熊はコブシの花を食べるそうな。デトックスを促進する為に、苦いものを食べると良いという話。

さて、花粉症の症状も排泄障害と見ている訳である。日本ではスギ花粉のせいにされているのだが、もしかしたら、濡れ衣かもしれない。また、その真偽は置くにしても、排泄の系統にアプローチすることで、花粉症の軽症化を狙える。

一番手っ取り早いのは断食。やり方としては、24時間しっかり抜く。朝抜いて、昼食べて、夜抜いてみたいなのは、あまり効果がない。断食中も、水は沢山飲む。お茶ではなくて水。断食明けの最初の食事の後に水下痢をしたというご報告を受ける機会が多い。その後で楽になった、とも。

本当は1月下旬くらいから、週1ペースで2、3回やると効果的。

断食が出来ないという場合でも、香辛料の類は避けるのが無難。この時期に摂ると、花粉症の症状は悪化しやすい。

あとは、あんまり並べると神経質だけど、眼を休めるのも大事。眼精疲労をきっかけにして、自律神経をおかしくしている方が多過ぎる。これもまた花粉症が悪化しやすい。

提案営業

最近、美容の施術のご相談で、むしろ、こうしましょうという類のご提案が増えた。

パーツにこだわる方が多いのだが、自分から見ると、パーツの問題ではない事も多いのだ。

前提として、美容整形ではないのだ。パーツ自体にアプローチする訳でもない。それよりは、本人の体に歪みがある場合、その歪みの分だけは伸び代もある。

例えば、本人は鼻の高さを気にしているんだけど、むしろ、顎の位置が悪いから、顔の立体感がなくなって見えるみたいな話。噛み合わせを調整したら、鼻が高く見える様になったりする。

美容の施術もしばらく続けて、だんだん普段の施術との違いがなくなりつつある。言われるがままにやっても、あまり結果はついて来ないという点では同じ。頑固職人ぶっている訳でもなくて、判断が必要。

ただ、美容の施術の場合、症状の改善よりも、身体に対して具体的な希望をお持ちになっている傾向が強いので、その辺りのすり合わせがかなり重要になる。

キャッチボールの精度が要求される訳だが、それは美容院と同じかもしれない。例えば、綺麗にしてくださいといった依頼があったとしても、そのまま施術を進めてはいけない。そのままでは、抽象的過ぎるので具体的なところに落とし込まないと、ゴールを決めないまま走る様なものだ。

施術としては、身体の左右のシンメトリーを調整するのが基本。顔の造作については、Eラインを揃えるのが無難。逆に、芸能人の誰それみたいにというのは、苦手というか、技術的に不可能。ただ、その人の伸び代はちゃんと綺麗になる。

体の知

先月から体調がイマイチだったので、自分に施術をしていたのだが、効果はなんだかイマイチ。

自分を見るのは難しい。観測自体が量子論的に影響を与えるので、自分を客観的に見るのは難しいのだ。

うそぶいてみたのだが、まあ、嘘だ。そんな高尚な話ではなくて、端的に、背中には手が届かない。

それで、活元運動をやったら、すっかり良くなった。腰や股関節、足首の違和感が取れなかったのだが、あっさりそれが取れたので、拍子抜けした。

体の動きに身を任せる体操なのだが、体の捻れを取る動きが沢山出て、背中が伸びた。なんというか、頭の知よりも、体の知を説くジャンルではあるのだが、それを実感した。

体は複雑系なので、そこで起こっていることの全てを把握出来るという観念は、錯覚かもしれない。体をコントロールする欲求をその持ち主は抱きやすく、また、施術家は尚更にその欲求が強いのだが、残念ながら、そんなに便利ではない。

普段の施術においても、妊婦と子どもを調整する様なバランスで他の人の施術も行うと、丁度、良いバランスになるのだろう。妊婦と子どもに対しては、テクニックはほとんど使わないし、使えない。普段の施術でも、もう少し、相手のリソースを活用する視点が必要かもしれない。

しかし、そう言ったところで、シビアな体調の人を見ると、どうしてもテクニックに頼ることになる。数年、仕事をして来て、施術家にとっての理想と現実の間で右往左往している様な気がする。大概に、一元論になるのが間違いの元であって、両方要るで話は終了してしまう訳だが。

むしろ、料理的に言うと、素材の扱い方の問題。生か焼くか、煮るのが良いのか、揚げるのか。それを見定めろという話でしかない。

2019年3月26日 (火)

ココログのリニューワル

3/19にココログがリニューアル。

実は、ユーザーの間では、これがかなりの不評。リニューワルと言われている。

私的なマイナス点として大きいのは、以下の4点。

①そもそも、サーバーの負荷によってログインが出来ない状態が続いている。

②広告を消す為に有料版を契約しているにも関わらず、広告枠が拡大した。(スマフォ版)

③スマフォ版の仕様が拙い。また、リニューアル後はスマフォからのPC版の閲覧が出来なくなった。

③管理画面の操作性が落ちた。

ココログは、もう10年ばかり使っている。出来れば、このまま使い続けたいので、しばらくは様子見。改善の兆候がなければ、年々、機能も減っているので、潮時かもしれない。

ついでに、さすがにホームページの耐久年数が過ぎた。Kompozerというふた昔前のソフトで作ったものなのだが、凝り性なのでいじくり倒したものだ。これも思い出深い。しかし、googleで検索しても出て来ないと、クライアントの方から指摘される状態である。これも時期か。

なぜか、パソコンに弱いみたいに受け取られることが多いのだが、実際にはそうでもない。むしろ、苦手なのは、自動車の運転。

2019年3月16日 (土)

休会のお知らせ

3月21日(木)の研究会はお休みにさせて頂きます。よろしくお願い致します。

2019年3月11日 (月)

学びて思わざればすなわち罔(くら)し、思いて学ばざればすなわち殆(あやう)し

修業時代のある時から、決心して、整体関係の本は読まない事にした。

なんというか、例えば、アルバイトの一人も雇ったことがないのにマネージメントの本などを読んでも、頭でっかちに過ぎるのではあるまいか。徒に本を読んでも、飴をしゃぶるのと何が違うのか。整体について、自分がそうなっているなあという反省があったのだ。知識は増えたが、それが恥ずかしくなった。

幸いにして、ジャンルの特性として、一次資料に触れる機会には事欠かない。要するに、身体だ。本よりも、自分と人の体に学ぶことした。

それまでは具体的な知識を求めていたのだが、それからはもっと抽象的な組み立て方に関心を持つ様になった。それでやって来たし、得る物も多かった。

ただ、同時に、それは近視眼的な考え方の狭さを招く危険もある。というか、二千五百年以上も前に、孔子が良い事言ってる。

エネルギー

柔軟体操をしていると、動作の終点で動きを止めやすい。しかし、止めると死に体だ。

前屈でもしながら、腿を叩くと分かる。動作の終点で動きを止めている時に叩くと痛い。この時、呼吸は止まっている。筋肉も固まるのだ。柔軟体操をやっても、ちっとも体が柔らかくならない要因の一つがコレ。

一方、前屈動作の終点でも力を掛け続けていると、叩いても痛くはない。呼吸も止まらない。ある種の体へのエネルギーの流し方。

立ち姿でこれをやるのが難しい。すぐに止まってしまう。歩いていると楽だが、切れ目は出やすい。これを減らしていくと隙がなくなっていくのだが、結構、訓練としては面倒くさい。それでも、上達したいのでやっている。

2019年3月10日 (日)

息を呑む

凄いものを見た時の慣用句として、「息を呑む」という表現があるけれど、本当のことだ。実際に呼吸の反応がある。具体的には、呼吸が止まる。

最初、ベテランの煙管職人の銀細工を見たのだが、あまり良く感じられなかった。綺麗なんだけど、呼吸の変化がない。

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比べて悪いけれど、別作家のこちらの作品は息を呑む美しさ。

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ただ、同じベテランの職人さんの真鍮づくりの作品を見たら、これには息を呑んだ。もしかしたら、銀製品の加工よりも、普段使いの材質の加工を得意にされているのかもしれない。思い込みかもしれないが、好感を持って買った。

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物を見ても人を見ても、呼吸の反応は起こる。だから、絵画でも楽器の演奏でも何でも、息を呑むかそうでないかは1秒も見れば区別がつく。例えば、フジコ・ヘミング。もうジブリ作品に登場する魔女みたいになって、背中も丸くなっているのだが、その演奏には息を呑む。見掛けの姿勢に反応する訳でもないらしい。

注意が要るのは、機能性の話ではないという点で、性能とどう関わるのかは分からない。もう一つ注意が要るのは、集中して見る必要があるので、あまりに興味のないジャンルだと、そもそも反応しないかもしれない。また、当然、好みについては、全くの別問題。

ただ、私的には、何かを買い求める際には、息を呑むものから選ぶことにしている。ちょっと特殊な自分の判断基準を開陳してしまった。

黒田清隆2

最近、暇さえあればヤフオクを見ている。何を落札しようとしているのかというと、日本刀だ。

そろそろ、真剣が欲しくなった。何がそろそろなのかは余人の知るところではないのだが、中二病に罹患している訳ではなくて、5年ばかり剣術の稽古は続けているので高二病。居合の稽古用なのだ。

検索してみたら、デタラメな世界ですこぶるおもしろかった。「10,800,000円即決、歴史的発見超厳選古刀最上作『村正』」とか「大業物、貴重、即決8万円」とか、煽り文とその実態がおもしろい。8万円で手に入る大業物って何だ?

笑ったのは、「仕込刀『尺八』刃/14.8cm(合法)」で、尺八の中に刃物が収納されているという代物。オークションの推移を眺めていたら、52件の激しい入札争いの末、29,500円で落札された。また中途半端な金額の上に、そんなジョークグッズが本当に欲しいのか?という。

目を付けているのは、南北朝時代の薙刀を擦り上げた日本刀。ただ、反りが強いので、抜きにくそうでもある。

しかし、1週間ほどオークションを見続けたのだが、全く知らない世界だったので、久しぶりに先入観なしの純粋経験だった。生活はマンネリ化して、知っていることを再確認する様な作業になりやすいのだが、それでは体験として貧しい。

実際に買おうものなら、経済的に貧しくなってしまうので、理由をつけて買わない様にしているのだが、稽古仲間が手入れをしているのを見ると、少々、羨ましい。

2019年3月 6日 (水)

解剖

昨夜は佐々木先生の講座。オステオパシーを参照して、整体操法の技術を捉え直すというのが裏テーマ。

整体には生理学が入っているが、解剖学が独特に抜けている。その代わりに、経絡を参照した調律点や療術の知識が、身体構造として配置されている。まあ、不思議な身体観ではある。

学習していた頃は、生理学の用語と経穴の用語が混在して使用されるので、術者が理論的な整合性をどの様に取っているのかが大いに謎だった。まあ、実際に人を相手にすると、再現性にしか興味がなくなるので、何時の間にかそんな事も考えなくなったが。

今回は解剖学から整体の手技を捉え直した訳だが、やる事は一緒だとしても、解剖的に解釈すると、力の掛け方や角度が変わって来るので、視点としておもしろかった。手首の調整を題材に、解剖図を見ながら骨の位置を確認したが、施術後には飛び出ていた骨が綺麗にへっこんで正しい位置に収まっていた。

2019年3月 4日 (月)

美輪明宏さんは室内で歌う時に、部屋の四隅を意識するのだそうな。すると、声が響くというのだが、なんとなく分かる。

整体の施術をしていても、場を持つ感覚がある。プラシーボというかキネシオロジーというか、場の力が働く。下手に技術に凝るよりも、手っ取り早く効く面がある。

開業した頃は、場と雰囲気をつくることに注力していて、結果的に、来た人の背中に触れるなり、楽になりましたなんて事も続いた。こりゃあ、楽でいいやと味を占めもしたのだが、こんなことを続けていたら腐るという判断があって、じきに改めた。

そういえば、合気系武術の道場などでも、弟子には技が掛かるみたいな話があって、それは弟子以外には掛かりっこないと揶揄されている訳だが、発想を変えてみたら、そうした場をつくる能力自体はたいしたもんだよなあという気もする。

今になって、場を持ち歩くという研究をしている。これが結構、難しい。定食屋で昼ご飯でも食べながら、これをやるのはかなり難しい。すぐに意識が消える。また、そもそも然るべき位置に座らないと無理みたいなところもある。上座下座みたいな作法にも根拠があるという事にも気がついた.。身体的な能力だけでこれをやれたら、かなりものではある。

2019年3月 3日 (日)

傾奇者

煙管を落として、火皿を傷めてしまった。ケチくさい自分が一目惚れをして買った品物だったので、かなり残念。未練の余り、深夜に金槌で叩いて整形を試みた。

見事に四角く歪んでしまった。これは織部焼だと言い聞かせたのだが、自分を騙せなかった。人に見せたら、素敵じゃないですか、ついでに柄も曲げたら良いのではないですかと言われる始末。

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諦めて、制作者の石田茂さんに連絡を取った。修理を引き受けて頂けるとのことで、戻って来るのを指折り数えて待った。

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戻って来たのが数日前の話。美しい。モリバコーヒーでうっとり眺めていたら、隣席のお客さんに肩をつつかれた。横を見ると、お婆さんがこちらを見て、珍しいわね、あんた、そんなの使っていたら、女の子がキャーキャー言うんじゃないのとのお言葉。

そんな奇特な人は見たことありませんねとお応えしたところ、まあ、女はいいよ、金がかかるよとの巻き舌気味のコメント。そこからは身の上話を伺うことになった。

現在、76歳、8年前にご亭主と死別して、その後3人と付き合ったという話。半年前まで、2歳上の彼氏がいたそうである。でも、男は飽きるねというコメントを残して去って行った。

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