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2019年8月

2019年8月24日 (土)

施術所を移転して一月弱。

来た方から、様々なご感想を頂くのだが、男性からは綺麗、女性からは広いというものが多くて、意外だった。逆かと思っていた。

ところで、最近、掌心発現に凝っていたので、人の指ばかり見ていた。施術中に無自覚に指が動くけれど、どの指が動くのかによって、どこの部位の調整が必要なのかを教えてくれるという代物。

親指が手足、人差し指がお腹、中指が頭、薬指が胸郭、小指が骨盤とそれぞれ対応している。

それで気がついたのだが、女性の場合、薬指が人差し指よりも長い方が多い。胎児期のホルモン環境で指の長さは決まるのだが、テストステロン濃度が高いと薬指が長くなる

俗流心理学的な決めつけだが、男性的なタイプに気に入ってもらいやすいのだ。逆に、世話好きな年上の女性には最初は好かれるのだが、飽きられやすいという自覚がある。意外としっかりしているのがバレるとダメというのが自分の言い分。誤解によって付き合い、理解によって別れるとは誰が言ったのだったか。

男性の場合、大人しい人か荒っぽい人の両極端と気が合いやすく、中間とは長続きがしにくい。どちらも自分の鏡の様な気がしないでもない。

活元運動

活元運動をやっていると、首の捻れの酷さを自覚する。

まず腕の動きが出て、次に首の動きが出て、だんだん腰の動きになっていく。手仕事なので、やはり腕が疲れを取る為の動きが出やすい。途中、補助的な調整を加えるのだが、眼の調整をすると動きが進展していく。これはディスプレイの見過ぎ。普段の体の使い方が出ている。

自己調整法として良い体操だが、人に教えると難しくて出来ないという声もよく耳にする。また、習った時は出来たけれど、家に帰ってやると出来ないという感想も多い。

ほとんどの場合、準備体操の不足が原因。もう準備体操が効いたのか、本番の動きが効いたのか分からないくらいに準備体操をやったら上手くいきやすい。

姿勢の注意としては、顎の位置がある。首の後ろの筋肉が緊張すると、頭も緊張して動きが出にくい。顎の位置を調整して、首の力を抜く為の工夫をすると良いかもしれない。

また、特別に捉え過ぎているのではないか、という懸念もある。音楽を聴いていたら、リズムに合わせて体を揺する事があるけれど、最初はそんな感じで良い。無意識の運動という言葉の意味を難しく考え過ぎかもしれない。

2019年8月12日 (月)

日常

ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜という記事を読んだ。演奏の仕事をする為に一念発起して渡米した男性、音楽バーで働き出すも使いものにならなかったので、店長から、次は客として来てくれよなと言われるくだりに苦笑い。いつか言ってみたいし、言われたい。

自分などは人生がそんな感じだ。好きな事を追い掛けたが、気が付いてみたら生活がない。当たり前を押さえていない。これまで繰り返した失敗の要因は、その辺りにあるのでなかろうか。最近、そんな反省をして、中華鍋を買った。ロジックの中途が抜けている訳だが、衣食住を充実させる事にしたのだ。

買ったのは山田工業所の鍋。美しい。しばらく前に、馴染みの中華料理屋が閉店したので、牛肉とニンニクの芽の炒め物が食べられなくなってしまった。その再現を目指しているのだが、脂っこくなってしまう。サラリとした食感にするのが難しい。

包丁を選ぶに辺り、色々見た。ブランドとして、関孫六が実用一点張りという雰囲気で良いではないか。物に頓着しないつもりだったのだが、意外と好みにうるさい事を発見しておもしろかった。

365日、同じ服を着ていたが、それにも飽きた。この間、御殿場のアウトレットまで行って、まとめ買いをして来た。ランバンには洒落っ気を前面に感じるが、ちとクドい。一方、アバハウスは普通の中にちょっと色気があって良い。

一体、何の話をしているんだという趣も出て来た。いや、非日常を求めるよりも、日常の中に非日常を見つける姿勢の方が豊かではないか、なんて事を考えたのだ。

2019年8月 9日 (金)

四十肩

毎年、夏に由比ヶ浜へ行くのを習慣にしている。定休日の火曜日、まだダンボールの開梱も終わっていないのに、逃避がてらに行って来た。

毎回、外食のお店に迷うのだが、小町通りを歩いていて古そうな洋食屋を見つけた。入ってみると、よくある夫婦でやっているスタイルのお店。訊いてみると25年やっているという。チーズカツレツを頼んだが、それだけ続いてる店が不味い訳がない。優しい味に満足した。

海へ行くと、平日だからか人はまばら。入れ墨の入ったお兄ちゃん達は体を鍛えていて、軒並み細マッチョの風情だ。海でうつ伏せになって波に揺られていたら、入れ墨のお兄ちゃんに大丈夫ですかと起こされた。溺れていた訳ではなかったのだが、気の良い連中だ。

しかし、浜辺で見掛けるのは20代ばかりだ。そして、実は2週間ほど前から四十肩である。流れる時は無残。四十肩は悲惨。

だが、ちょっと自慢しておくと、二週間ほどで四十肩は良くなっている。餅は餅屋である。正直、人を施術してもここまでの短期間では良くならない。腰にある老眼の場所をせっせと調整したら良くなった。

四十肩は目、五十肩は腎をやると良くなるものが多い。以前、七十代の同様の症状を見たが、それは肺の調整をしたら良くなった。肩の関節が単純に石灰化しているというだけではなく、多くの場合、身体機能の衰えと密接だ。

帰りにSJOコーヒーに寄った。主人は相変わらず愛想なしだが、コーヒーを淹れる所作は綺麗だ。

移転して

移転して一週間余り過ぎた。居心地上々、評判も上々。

前の場所では3年過ごしたが、似合わない服を着ていた様なものだった。その前の物件の立ち退きに伴い、近所に借りられて助かったのだが、避難的な意味合いが強い。

移転前の最終日、最期にいらした方が、ここに移ってオシャレになったけれど、何か違和感があって、いつか慣れるかと思っていたがついに慣れなかったと漏らしていたが、自分の感想そのままだった。

意外と最初に借りた物件の方が評判は良いのだ。築50年のオンボロアパートの一室だったが、あそこで僕がやっているのがおもしろかったのだ。カルトにしか見えない。

しかし、思い出を美化している様な気もする。当時はまだ20代だったので、おさまりも良かったのだが、今の年齢であそこにそのままいたら、みすぼらしかっただろう。

今回の物件は馴染みの不動産屋から紹介してもらったのだが、最初に見て、これを借りなければバカだと思った。それだけ場と条件が良かった。腰の重いタイプだが、不動産はその時に決めないと人手に流れてしまう。思い切って、借りる事にした。

男の40代はボーナスステージなので、家賃は上がるが、ちょっと賭け金を積み上げておこうかという気持ちもある。これが中盤戦になるか、後半戦になるかは分からないが、やってやろうじゃないか。

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